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「人の死」の判定基準について

一、なぜ問題となっているのでしょうか

 わが国では、従来から、呼吸・脈拍の停止および瞳孔散大の三徴候を基礎として「人の死」を総合的に判定しています。これは、蘇生する可能性がほとんどない時点をもって、「人の死」と捉えています。他方、心臓停止後は、身体内の臓器が著しいスピードで退化していきます。

 現在、世界各国で臓器移植を希望する人が多く存在します。臓器移植をするためにはできるだけ、新鮮な臓器が必要になります。そこで、臓器移植を積極的に行うために、心臓が停止する前で、蘇生の可能性が低い「脳死」の時点をもって「人の死」と捉えるべきではないかという議論があります。

 今回はどの時期に人は死んだ、とすべきか、その判定基準について皆様と一緒に考えてみたいと思います。

二、従来の考えの背景にあるものと臓器移植法

1、従来のわが国の死の考え

 日本人にとっては、上記の三徴候が出現し、医師から死の宣告を受けても、直ちにその人の死を受け止めることができません。蘇生の可能性を信じているからです。実際、医師の死の宣告から24時間以上たたなければ、火葬が認められません。時間の経過とともに、身体が次第に冷たくなっていくにつれて、蘇生の可能性がないことを確認し、少しずつその人の死を受け入れていきます。このような感覚と考えが日本の文化として定着しています。日本人にとって、人の死は重く受け止められているため、その判定には特に慎重でなければなりません。

 

2、現在の臓器移植法 

 臓器移植法6条は、三徴候の出現前の「脳死」の時点において、(1)提供者が死亡又は脳死状態にあること、(2)提供者が生存中に臓器提供の意思表示を書面で表示していること、(3)家族が臓器摘出に同意すること、を要件として臓器移植を認めています。もっとも、わが国の従来の判定方法では、「脳死」は、未だ三徴候の出現がないため、「人の死」ではないということになります。同法は、法律をもって、生存者の生命を途絶えさせることを認めたことになります。そうすると、国家が刑法で殺人罪を罰していることと矛盾するのではないかという疑問があります。

【臓器移植法6条】

第1項
 医師は、死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないときは、この法律に基づき、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。)から摘出することができる。
第2項
 前項に規定する「脳死した者の身体」とは、その身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定されたものの身体をいう。

3、臓器移植法改正案

 臓器移植法6条では、脳死を「人の死」と捉えるかどうかは、本人と家族にゆだねられているといえますが、脳死を一律に「人の死」と認め、脳死者が反対の意思を表示していないときは、家族の承諾によって臓器摘出が可能であるとする改正案が検討されています。

 本来であれば、脳死状態に陥れば、まもなく心臓・呼吸が停止します。しかし、現代医療が発達し、脳死に陥っても心臓・肺を人工的に動かすことができるようになったため、このような「脳死」の概念が生まれました。脳死を「人の死」と捉えるのは、三徴候の出現を人工的に抑えた状態であるからだといえます。

 脳死は、(1)深昏睡、(2)自発呼吸の消失、(3)瞳孔の散大、(4)脳幹反射の消失、(5)平坦脳波、(6)(1)から(5)が満たされた後6時間経過、という基準で判定されます。まず、(1)の状態が出現し、徐々に(2)、(3)、(4)、(5)の状態が出現します。状態が進行するに連れて、脳の蘇生の可能性が低くなっていきます。そして、(6)をふくむすべての要件を満たし、脳死判定がなされれば、脳が蘇生する可能性はほとんどなくなります。

三、わが国の臓器移植の現状

 2006年8月31日現在、(社)日本臓器移植ネットワークへの移植希望登録者数は約1万2000人です。

 年齢別でいうと、10歳以下が33名、11歳以上20歳以下が119名、21歳以上40歳以下が2902名、41歳以上60歳以下が7733名、61歳以上が1256名となっています。

 待機期間について、心臓・肺・肝臓・すい臓では、1年未満が165名、1年以上が314名であり、そのうち5年以上は49名です。腎臓では、5年未満が4523名であるのに対して、5年以上が7041名であり、そのうち、20年以上が306名にものぼります。

 これに対して、臓器提供件数は、1995年4月から2005年3月までで832件です。そのうち、脳死者からの提供件数は37件と、全体の約4%にとどまっています。

 他方、脳死臓器移植者数は、2005年3月現在で140名です。

    

四、諸外国の「人の死」の捉え方と臓器移植の現状

 アメリカ、フィリピン、シンガポール、オーストラリア、デンマーク、スウェーデンでは、法律で脳死を「人の死」と捉えています。また、台湾、ベルギー、フランス、カナダでは、法律には規定せずに、医学会、医師会などの判断によって脳死を「人の死」と認めています。

 脳死者からの臓器摘出について、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどは、本人の意思が不明の場合は家族が提供を承諾すれば可能としています。また、スペイン、ベルギー、オーストリアなどは、本人が臓器提供を拒否する意思表示をしていなければ、臓器提供が可能という法律を制定しています。

五、臓器移植法改正案の是非

 脳死を一律に「人の死」と認めるためには、臓器移植の観点から、日本人の伝統的な「人の死」の捉え方をもう一度考え直す必要があります。

 完全な脳死状態に陥った者は、蘇生する可能性が著しく低く、また、他の臓器の劣化が急速に進み、心臓が停止したときにはほとんどの臓器が移植できない状態になっています。脳死者からの臓器移植が積極的になされれば、他の多くの人々の生命を維持することができます。移植を受けた方の5年後の生存率は、心移植は約85パーセント、腎移植、肝移植は約80パーセント、肺移植は約68パーセントです。わが国には、多数の臓器移植希望者が存在し、希望者・その家族をはじめとして臓器移植の推進を求める方々は、脳死者からの臓器移植が積極的になされることを強く望んでいます。 

 これに対して、臓器を摘出すれば、脳死者が蘇生する可能性を奪うことになります。また、日本人の伝統的な「人の死」の捉え方が定着している現状では、脳死を「人の死」として受け入れることに非常に違和感を覚えます。それは、「人の死」の判定は,必要性という合理的観点から割り切れるものではなく、「脳死」で人の死期を早めることは、倫理的宗教的観点から許されないのではないかと考えるからではでしょう。また、臓器移植を目的として、脳障害を負った者を脳死に追いやるために適切な治療を怠る可能性がないとは言い切れません。このような不安から、改正案に反対する立場の方も多く存在します。


 さて、あなたは「脳死」を人の死とすることについてどう思いますか。

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「脳死」を人の死とすることに

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