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皆で考えよう!法の建前と現実

2005年1月11日~2005年2月15日 実施

理解しているし参加したい 574票(31%)
理解しているが参加したくない 770票(42%)
理解していないが参加したい 190票(10%)
理解していないし参加したくない 306票(17%)

投稿一覧 (106件中 1 - 20 件目)

理解しているが参加したくない

裁かれる人の将来を左右することとなるので個人の荷が重い

あかねこ(福岡・10代後半・女性・その他)

2月15日 12時52分

理解しているし参加したい

裁判員制度とは、基本的にはアメリカの陪審制がモデルであると理解しています。
本制度の設立の裏側には、昨今の凶悪犯罪の増加があると思います。
つまり、犯罪者に対し、裁判官が出す判決が軽いのではないか、逆に重過ぎるのではないかと、我々国民側との意見の乖離を小さくし、民意を反映させることにその真意の一つがあると思っています。
悪く言えば、裁判官への批判をかわすねらいもあるのかも知れません。

また、色々な事件に国民一人一人がかかわることで、犯罪に対する法的な知識を向上させ、モラルアップも図れるのではないかと思います。

アメリカの文化をそのまま適用することは無理があるとは思いますが、四角四面ではなく、柔軟な発想を持って事件解決にすべきと思います。

行政機関では様々なパブリックコメントを募集しています、決まった後にグズグズ言うんじゃなくて、決まる前に意見を出すべきだと思います。
自分一人が意見を出してもどうしようもないと思わないで、国民一人一人がどんどん意見を出して動かしていこうとする事が大事だと思います。
それが民主主義です。

私はこの裁判員制度に参加したいと考えていますが、これの制度が100点満点ではないことは確かです、反対意見がある場合は、意見を出して、流れを作っていくべきと考えます。
制度がスタートするまでまだ時間があります。
全ての人が納得できる制度にすることは不可能でしょうが、悪い点を改善することはできると思います。
できない言い訳をするまえに、できるように努力をすべきと考えます。

のぶ(福岡・30代後半・男性・製造業)

2月15日 11時47分

理解しているし参加したい

社会、人間について関心を持って、もっと考え勉強する機会になる。

メイママ(群馬・50代・女性・サービス業)

2月14日 17時8分

理解していないが参加したい

裁判員制度を採用しようとした、行政側の本心が分からない。「わかりにくい、開かれた、経験豊富な国民の意見、世界にない良い制度」などと書かれているが。言葉尻から見ると、情報公開をしなければならない状態になったときに国民を入れて、住民説明会をしておけば、行政側の責任が回避できるから都合の良い制度である・・とみえる。

北国(茨城・50代・男性・コンピューター関連)

2月14日 13時45分

理解しているが参加したくない

参審してきた一人ひとりが平等に満遍なく意見を伝えるということが果たして可能なんだろうか?寡黙な人も引っ込み思案の人も
いるし、みんながすべて議論好きなわけじゃない。けっきょく
自己主張の強い人たちだけで会話が進み、話す人と話さない、またはうまく話せない人はのけ者になっていくんじゃないでしょうか?

障害者の市民(東京・40代・男性・医療機関)

2月14日 13時35分

理解しているし参加したい

2日連続で報じられたNHKの特集番組を観、理解出来た。特に一日目のドラマは問題点などうまく表現されておりわかりやすく、選ばれれば参加したいと思った。・・・特に、素人裁判員が質問をする際、“内容に問題がある”様な場合に裁判長が相手側にそれを許すようコメント(?)した場面印象に残った。素人は緊張し意見も言いにくく質問もしにくい(2日目の一般市民の模擬裁判のように)。

ごくふつうの市民(大阪・60代・男性・無職)

2月14日 10時59分

理解していないし参加したくない

多額の税金を投入して裁判員制度を導入しても、裁判官の頭数が減るわけではない。法律意識の低い民間人が人権やらなんやらごたいそうな大義名分に踊らされてのただのコスト増。

eeewjfosijio(東京・30代前半・男性・その他)

2月14日 1時2分

理解しているし参加したい

制度そのものに対しては良い制度だと思います。
人を裁くと言うことがどういうことなのか、犯罪を犯すということがどういうことなのか、その責任の重さ、生きることの意味、生命の価値、等々。
今改めて見直さなければならない諸々ものに対して、自分の目で見て、肌で感じることはこれからの市民生活、教育ともに重要なことだと思います。
これから逃げることは自分の良心に反することであると思います。

ただ、収入に対する保障、裁判員の身体・生命に対する安全確保(この多様化・情報化した社会、自分は知らなくても相手(被害者・加害者、その関係者)が知っている場合は十分有り得、報復の危険は十分に考えられます)に対する方策等検討課題は山積みです。
特に人選に対しては多くの疑問・不安要素があります。
裁判員の欠格事項にあった
「心身の故障のため裁判員の職務の遂行に著しい支障のある人」
に対しては精神障害の方は確かに正常な判断は下せないでしょうが、身体障害者に関しては十分に的確であると考えます。
言語・聴覚・視覚障害などでも意思疎通に若干の配慮は必要でしょうが、その判断力に関しては十分に裁判員としての資格はあると思います。
身体障害をもって「欠格」とすることは法的に障害者排除を認めることになりかねません。
また、
「憲法で保障されている思想・良心の自由、信教の自由との関係で、これらに基づいて裁判員になることを拒否することは可能と考えられており、政令で辞退事由に加えられる見込みです。」
との事ですが、ということは教義の中に「人を裁いてはならない、自分が裁かれないためである」とするキリスト教徒はその時点で拒否理由をもっている事になり、事実とは違っていても「自分はキリスト教徒」といえば拒否できることになりはしないでしょうか?
そしてその証言を疑い調査することは信教の自由を犯すことにもつながりかねません。

それから、裁判が控訴、上告で長引いた場合はどうなるのか。
裁判員が担当した裁判において、様々な要因から裁判員が精神に大きなショックを受けた場合のメンタルサポートの体制など十分に議論して欲しいと思います。

けん(大分・30代前半・男性・メンテナンス)

2月13日 23時14分

理解しているし参加したい

まず、犯罪者には厳罰をと考える傾向のある方には、「刑罰は犯罪者を罰するものであって被害者を救済するものではない」ということにも気づいて欲しいと思います。たとえば一家の養い手を失った遺族を、誰が経済的に支えていくのでしょう。被害者に対する賠償を、罪を犯した者にさせなければ、いったい誰がするというのでしょう。原因を作った者に償わせるのが相当なのではないでしょうか。そのためには、犯罪者を厳罰に処するだけでは解決しません。判決(およびその根拠となる法律)は、その辺りも考慮して決められたものであると理解して良いのではないでしょうか。
それから、一般人の感覚と刑事事件の判決がかい離する理由は、国民の感覚は理性よりも感情に強く起因するものであるのに対し、判決(法律)は感情ではなく理性で判断すべきものであるからだと思います。裁判官だって弁護士だって検察官だって、人間ですから感情はあります。非情な犯罪者には刑法に定めた刑罰よりも重い刑罰を課すべきだ、と思うことだってあるでしょう。でも、それはできないのです。それが、法によって選ばれた者の使命なのですから。そして、そこに裁判官たちのジレンマがあるのです。
裁判員制度とは、この隔たりを縮めるために作り出された制度であると思います。別に裁判員に判決を出せと言っているのではありません。わからない部分は裁判官が補ってくれます。そしてこれは、日本国憲法第32条(裁判を受ける権利)を守るべく、日本国民に課せられた義務(日本国憲法第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。)でもあるのです。
自分たちの権利を守るためにも、裁判員制度は積極的に参加すべきものであると私は思います。

(とりあえず難しく書いてみました(笑))

=ちぇしゃ=(神奈川・30代後半・男性・サービス業)

2月13日 21時6分

理解しているが参加したくない

将来もし私が、選ばれたという通知が来たらどうだろうか。きっと良い気分にはなれないだろう。法律について詳しく学んでいないし、ましてや人を裁くことはとても重大なことだから、人間として正しい判断が出来るかどうかわからない。

ピポ(福島・10代後半・女性・学生)

2月13日 11時34分

理解しているし参加したい

裁判官の特殊感覚よりも、一般社会の感覚も取り入れた
すばらしい制度だと思う。

sinjo(広島・60代・男性・印刷業)

2月12日 11時13分

理解しているし参加したい

自分自身、法学部出身者であり、今も法律に関連する仕事に就いているので、裁判員制度の重要性は理解できるし、もし要請があれば参加したい。ただ、裁判員による裁判を自分が受けたいとは思わない。日本国民は法律に対する認識が低い。だからこそ裁判員制度が必要なのかもしれないが、自分の人生が勉強の場に使われるのはありがたい話ではない。

法学部出身(大阪・20代後半・男性・製造業)

2月11日 22時1分

理解しているが参加したくない

会社が報酬未払い請求の民事訴訟を平成8年に起こして今2審中ですが、裁判の進み方、民事の主張、証拠、証人など複雑な審議、弁護士・裁判官の考えの違いなど身を持って体験して疲れました。弁護士が増加することが良い方向にいけば良いのですが、裁判員制度とともに不安です。全国一斉に始めるのでなく、新施設、新サービスをモデル都市で試行してみるのと同じく、都市と地方の何箇所かで国の監視付きで実施してみてリサーチ、公表などしてみてはどうなんでしょうか。特に地方の人間には裁判など今までの人生で殆ど自分やその周辺で無縁のものなので実施にはしっかりと準備が必要と思います。

除雪疲れた(滋賀・40代・男性・その他)

2月9日 10時47分

理解しているし参加したい

参加してみたい。

ころ(埼玉・40代・男性・公務員)

2月9日 6時0分

理解しているし参加したい

現在まで、裁判というものは一般人から、離れたものとしてうけとられてきましたが、今回の裁判員制度により、一般人に対して、身近なものとして、参加する事の出来る、唯一の制度ではないかと思います。是非、選ばれた方は、参加されることを、誇りに思い、現在の司法をしっかりと見て頂きたいと思います。できることであれば、私も選んで頂きたく思っております。

どら猫(滋賀・40代・男性・医療機関)

2月8日 23時42分

理解しているが参加したくない

司法の判断が国民感情からかけはなれていて、国民の意見を取り入れるべきという考えはまったく理解できない。そもそも国民感情は基本的にマスメディアの被害者側にたった報道という中立性の欠いたものに立脚しており、国民感情が中立性・公平性のあるものとは言いがたいと思う。そのようなものに判決が影響されるのであれば裁判の中立性・公平性を放棄するに等しい。
また憲法において裁判の公開はさだめられており、公開を旨とする裁判に合議における秘密などありうるのか?合議の中で問題となるような被告のプライバシーは検察が公判の中で明らかにするであろうし、何が守秘義務の対象になるのかも理解できない。
そもそも国民に多大な負担を強いる制度を国民の合意を形成せずに決める国民感情に反する行為ではないか。

LAPD(東京・20代前半・男性・学生)

2月8日 23時28分

理解していないし参加したくない

反裁判員制度に対しては反対です。
理由は
①判断する側の人数が増えることより責任が分散され、慎重な判断がされなくなる危険があること。
②教育・訓練されてない人が裁判という場できちんと自分の意見で判断することは難しく、その場の雰囲気に流されてしまう危険があること。

テオレ(広島・20代後半・男性・パート・アルバイト)

2月8日 21時43分

理解しているが参加したくない

人選方法へ疑問が残ることと、自分がそうしたものを任されて的確に判断する自信がないのが、回答への理由です。

夏樹(三重・30代前半・女性・専業主婦・主夫)

2月8日 19時40分

理解しているし参加したい

法曹界の周知活動は広く、国民に理解を求めるような工夫が
なされていると感じる。
ただ、日常法の存在を意識していない国民が多い中で裁判員の
選任は実際、どうなるのか、当然選任された者には十分な研修が
なされると思うが、かつて法曹界を目指した者として先進国、
例えばイタリア等の事例を学んで見たいと思う。

福臨鉄(福島・40代・男性・無職)

2月6日 11時18分

理解していないが参加したい

裁判というものを一度自分の目で見てみたいな、という気持ちはあります。頻繁には嫌ですが。
でも、こういう興味本位の人間に裁判員、される側はたまったもんじゃないかなという気も…。

とびの(千葉・20代前半・女性・通信・運輸)

2月4日 15時10分

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