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暴走バイクとパトカーが衝突!被害者側の過失をどう考える?

最高裁平成20年7月4日判決

 夜中の国道に鳴り響く爆音、我が物顔で危険な走行を繰り返すバイクや乗用車。
中学校時代の先輩後輩関係にあったAとBは、ヘルメットなしでバイクに2人乗りし、交代で運転しながら、友人20名と暴走行為を繰り返していました。

 Y県警警察官Pらは、「暴走族が暴走行為を行っている」との通報を受け、パトカー(P運転)と小型パトカー(他の警察官が運転)で出動します。
Pは、AとBの乗ったバイクを発見・追尾しましたが、見失ったため、小型パトカーと国道脇の駐車場に停車して待機することにしました。

 その後、Aが運転し、Bが同乗したバイクが国道を走行してきたので、Pはパトカーで車道をふさぎ、バイクを停車させようとしました。
この時、付近の道路は暗く、パトカーは前照灯と尾灯はつけていたものの、赤色灯とサイレンは消していました。

 一方、やってきたAは、国道脇の駐車場に小型パトカーを発見。
制限速度を大きく上回る加速をし、逃亡をはかりましたが、同時に「友人が捕まっているのではないか」と、小型パトカーの様子を脇見します。
これが災いして、国道上のPのパトカーに気付くのが遅れ、バイクはパトカー側面に衝突し、同乗していたBが死亡しました。

 Bの遺族であるXらは、Aとパトカーの運行供用者Yに対して損害賠償を請求しました。
(※運行供用者とは、「運行を支配し、運行の利益を得る者」という意味で、運転手が事故を起こした場合のバス会社などがこれにあたります。
本件では、パトカーを運転していた警察官Pに対するY県が運行供用者です。)

 損害賠償額を決める際は、被害者の過失を加害者の賠償額に反映させることになっています(民法722条2項)。
ここにいう「被害者」とは、被害を受けた本人のほか、被害者本人と身分上・生活関係上の一体性がある者などを指します(たとえば、被害児童の父母など)。
もしも運転者Aがこの「被害者」側の人間とみなされれば、Aの過失もBの過失と一括りにした、いわゆる「被害者側の過失」と捉えられるため、相対的にパトカー運転者のP、ひいてはY県の過失割合が低くなります。

 この点、原審は、AとBとの間に身分上・生活上の一体性はないことから、Aの過失をBの過失に組み込むことはできないと判断。
A・B・Pの過失割合を6:2:2と決定し、Yに運行供用者としての損害賠償責任を認めたところ、これを不服としたYが上告しました。

 最高裁は、原判決におけるYの敗訴部分を取り消しました。

 その理由は、交通事故の前、AとBは共同して暴走行為を行いパトカーに追跡されていた点にあります。
事故の直接の原因は「Aが道路脇の別のパトカーに気を取られ、加速と脇見をしたこと」ですが、これはA単独で引き起こしたものというよりも、上記A・B共同の暴走行為の一環と捉えるのが相当と考えたのです。

 したがって最高裁は、Aの過失とBの過失をひとまとめにして過失相殺を考慮した上で、BとPとの過失割合等につきさらに審理を尽くす必要があるとして、本件を原審に差し戻しました。

credit:Surrey Hills 204 Commodore SS / Highway Patrol Images

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