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性犯罪者情報の公開について

 2005年3月16日、「法、納得!どっとこむ」を運営するNPO法人リーガルセキュリティ倶楽部は、法務大臣 南野知恵子氏、警察庁長官 漆間巌氏宛に、読者の皆さまからお寄せいただいたご意見とともに「性犯罪者の情報公開に関する公開質問」を送付いたしました。
 これに対し、2005年4月7日に法務省 刑事局より、4月12日に警察庁 生活安全局生活安全企画課よりご回答いただきましたので、ご報告を兼ねて以下に掲載いたします。

 奈良の女児誘拐殺人事件(2004年11月17日)に端を発した性犯罪者の処遇問題。法務省が13歳未満の子供が対象の暴力を伴う性犯罪者の出所後の住所情報を提供し、警察庁が犯罪防止に活用する(2005年2月10日)、刑務所の矯正教育で性犯罪受刑者の参加を原則として義務づける(1月16日)、刑務所を仮出所した性犯罪前歴者について、保護観察官(地方更生保護委員会の事務局と保護観察所に配置されている心理学、教育学等の更生保護に関する専門知識を有し、更生保護及び犯罪予防に関する事務に当たる国家公務員)との面接を今春をメドに月1~2回に定期化する(2月11日)、という対応が相次いで打ち出されましたが、さらに踏み込んで、性犯罪者の出所後の住所等を地域住民らに公開すべきとの主張も強まってきました。
 そこで今回は、この問題について、海外の事例を参考にしつつ、メリット・デメリットを明らかにしていこうと思います。

海外の性犯罪者監視・公開制度

 海外の性犯罪者監視・公開制度として有名なのは、米国のいわゆる「メーガン法ミーガン法)」と呼ばれるものです。その内容は、州によって異なりますが、米国各州に同法を制定させるきっかけとなったニュージャージー州では、性犯罪者の氏名、社会保障番号、年齢、人種、性別、生年月日、身長、体重、髪や目の色、住所、勤務先、犯罪の内容などが登録され、それらを犯罪者の再犯の危険性に応じて公開しています。
 再犯の危険性は、以下のガイドラインに沿って判断されます。

  1. 釈放時の条件(仮釈放や保護観察下にあるか、カウンセリングや治療を受けているか、指導や監督を受けられる家庭環境にあるか、など)
  2. 加齢や病気等、再犯の危険性を減少させる肉体的条件があるか
  3. 再犯の危険性が高い以下のような犯罪歴があるか
    1. 反復的または中毒的なものであるか
    2. 刑期の短縮などがなく、刑期の最大限まで服役したか
    3. 子供に対する性犯罪であったか
  4. 再犯の危険性を検討する上で考慮すべきその他の犯罪歴
    1. 性犯罪者と被害者の間に関係があったか
    2. 武器の使用、暴力、重大な傷害の有無
    3. 犯罪の数、日付、性質
  5. 常習的犯行の危険性を示す心理学的、精神医学的分析結果の有無
  6. 処置に対する性犯罪者の反応
  7. 最近の行動
  8. 再犯の兆候が現れていないか

 これらのガイドラインに従って、再犯の危険性が低いと判断された性犯罪者は、捜査当局にのみ通知され、住民には開示されません。次に、再犯の危険性が中程度と判断された性犯罪者は、学校等の組織に対して情報が開示されます。最後に、再犯の危険性が高いと判断された性犯罪者は、地域住民に対して情報が開示されます。

 このほかでは、韓国が2001年から、悪質な性犯罪者について氏名、年齢、生年月日、職業、住所(市・郡・区まで)と犯罪事実の要旨をホームページ等で公開。英国では、性犯罪者の追跡のために、体内にIDチップを埋め込むことが検討されているそうです。

性犯罪者情報公開のメリット・デメリット

 性犯罪者情報の公開によるメリットは、「地域住民による監視によって、性犯罪の再発を未然に防ぐことができる」という点に尽きるといえます。そして、その根底には、「犯罪者の権利より、被害者となりうる住民の権利が優先されるべき」との思想があるといえます。

 他方、公開によるデメリットはいくつか指摘されています。
 第一に、情報を開示されることによって、居住や就職が困難となったり、付近住民による私的制裁に遭うことで、性犯罪者(前科者)の社会復帰を妨げられることが指摘されています。もちろん、情報の開示にあたっては、私的制裁を禁じる旨の注意がなされていますが、実際には前科者だけでなく、その親族などに対しても暴力がふるわれるという事態が生じています。近代国家は、国民の権利を保護するために、私的制裁を禁止し、裁判に基づく場合を除いては処罰されないこと、服役して出所した後は、市民として再び自由に生活を送れることを前提としていますが、その前提がないがしろにされるというわけです。

 第二に、情報の正確性の問題があります。上述のニュージャージー州では、再犯の危険性をガイドラインに従って点数化することで客観的な判断がなされるようにしていますが、性格のようにもともと「見えない」ものを判断基準に加える以上、その判断に恣意が混入することは避けられません。また、登録された性犯罪者には、登録情報の更新が義務づけられますが、登録後の情報が更新されなかったり、虚偽の報告がなされたために、まったく無関係の人が嫌がらせを受ける危険性も指摘されています。

 第三に、性犯罪は再犯が多いという前提や、再犯を抑止するという効果そのものに疑問が示されています。警察庁ホームページに掲載されている「平成15年の犯罪」によると、強姦罪で検挙された者のうち、再犯者が49.6%を占めていることから、このような数字が一人歩きしているようですが、ここにいう「再犯者」とは、「何らかの罪を過去に犯したことのある者」という意味であり、「強姦罪の前科がある者」というわけではありません。また、平成14年の犯罪白書によると、強姦罪によって検挙された者が同一罪種の前科を有していたのは、全体の9.0%、強制わいせつで10.4%にすぎず、詐欺罪の21.8%、傷害罪の21.3%、窃盗罪の18.6%に比べ低いばかりか、全体の平均である14.5%よりも低い結果となっています。前科5犯以上の者の比率(異種前科も含む)でみても、強姦罪が7.2%、強制わいせつ罪が5.1%と殺人罪(13.5%)や傷害罪(10.8%)よりも低い結果となっています。
 また、再犯抑止効果についても、情報公開制度の前後で性犯罪者の再犯率に違いはみられなかったとする米大学の調査結果があります。情報の登録・公開制度が実施されると、同種犯罪が発生した場合、捜査機関はまず前科者を対象に捜査を行うことになるでしょうから、通常、制度実施後は再犯の検挙率は上昇すると考えられます。にもかかわらず、変化がなかったということは、必ずしも再犯の抑止につながらないともいえます。

 今回の事件も含め、殺人事件の容疑者が性犯罪の前科を有していたり、被害者が子供であったりすると、センセーショナルに報道されがちですし、同情的な世論も生まれやすいといえます。それだけに、性犯罪者情報開示制度の是非を判断するにあたっては、性犯罪の前科を持つ者が凶悪犯罪を犯すとは限らず、また、他の犯罪と比べても同種の再犯を犯す可能性が必ずしも高くないにもかかわらず、広く網をかけて自由を制限することが、果たして合理的といえるのか、それを正当化するための根拠は何なのか、ということを冷静に検討する必要があるのではないでしょうか。

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