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道路交通法と警察の取締り

 2005年4月21日、「法、納得!どっとこむ」を運営するNPO法人リーガルセキュリティ倶楽部は、警察庁交通局交通規制課、東京都公安委員会委員長 大西勝也氏、大阪府公安委員会委員長 青木敏行氏宛に、読者の皆さまからお寄せいただいたご意見とともに「道路交通法と警察の取締りについての公開質問」を送付いたしました。
 これに対し、2005年5月16日に警察庁 交通局交通企画課よりご回答いただきましたので、ご報告を兼ねて以下に掲載いたします。なお、東京都公安委員会委員長、大阪府公安委員会委員長からはご回答いただくことができませんでした。

 日常生活において、もっとも身近な法律違反といえば、道路交通法違反ではないでしょうか。
 2002年の飲酒運転等に関する罰則の強化に続き、昨年(2004年)6月に公布された改正道路交通法で運転中の携帯電話等の使用が禁止され(2004年11月1日から)、11月だけで約2万件の取り締まりがあったことをご存じの方も多いでしょう。
 このほかにも、運転者がわからない駐車違反の違反金を車両の所有者に納付するように命じることができるようになったり、民間法人に駐車違反の取締り関係事務を委託できるようになる(公布から2年以内に施行)など、今後も取締りの強化が予定されています。

 これらの規制の強化は、事故を防止したり、円滑な交通を確保するために行われるものですが、他方で、「自分だけが取り締まられるのは納得いかない(他の人も違反しているのに...)」という不満の声も後を絶ちません。
 そこで今回は、交通違反の現状を海外の事情も交えて検証していきたいと思います。

交通違反の実態

 警察庁が作成した「平成16年中の交通警察活動の概況」によると、2004年11月末時点の道路交通法違反の取締り総件数は1,070万2,712件。日本の乗用車の保有台数が約5,200万台ですから、乱暴な計算をすると、毎年5台に1台は何らかの交通違反で取り締まられていることになります。主要な違反とその件数は以下の通りです。

  • シートベルト着用義務違反 311万2,103件
  • 最高速度 264万5,786件
  • 駐停車違反 154万5,200件
  • 指定場所一時不停止 94万6,078件
  • 信号無視 63万6,639件
  • 飲酒運転 13万9,894件
    • 酒酔い運転 1,857件
    • 酒気帯び運転 13万8,037件
       (0.25mg/l以上) 6万9,470件
       (0.15mg/l以上) 6万8,567件

 よく取り締まられているという印象を持つ、最高速度違反や駐停車違反、飲酒運転の取締り件数が思いの外少ないことに驚かれたのではないでしょうか。

海外の交通ルール

 私たちが「交通ルールが厳しい」と感じるのは、日本の交通ルールが他の国よりも厳しいからなのでしょうか。ここでは、制限速度を中心にみていくことにします。

 日本の制限速度は、標識の指示が特にない場合、高速道路以外では時速60km、高速道路では時速100kmと規定されています(道路交通法22条1項、道路交通法施行令11条27条)。
 アメリカの交通ルールは州によって異なります。例えば、カリフォルニア州では、通常の高速道路で時速65マイル(同104km)、中央分離帯のない2車線対面高速道路で時速55マイル(同88km)、商業地区や住宅街では時速25マイル(同40km)、というように規定されています。このほか、乗降のためにスクールバスが停車しているときには、追い越しが禁止されているだけでなく、対向車両も停止しなければなりません。違反すると最高で1,000ドルの罰金と1年間の免許停止処分になるという厳しい処分が規定されています。
 英国では、高速道路で時速70マイル(同112km)、片側1車線の道路で時速60マイル(同96km)、市内で時速30マイル(同48km)、というように規定されています。
 ドイツでは、市街地で時速50km、郊外で時速100kmというように規定されています。ドイツといえば、制限速度がないアウトバーンが有名ですが、近年では環境のため時速130kmでの走行が推奨されており、また、何らかの速度制限が設けられている場所が多いようです。

 上に挙げたのは、速度制限ですが、飲酒やシートベルトに関する交通ルールも、日本とほぼ同様の規制が行われています。
 また、これらの国に共通する点として、交通違反の取締りが厳しいという点が挙げられます。英国では、駐車違反取締のための専門官が巡回し、頻繁に取締りを行うようです。

 このようにみる限り、個々の道路での運用はともかく、規制内容に限っては、日本の交通ルールが特に厳しいというとはなさそうです。

モラルの問題? 取締り側の問題? それとも...

 スピード違反にせよ駐車違反にせよ、法令で禁止されているわけですから、取締りの有無にかかわらず、遵守すべきなのは当然といえます。にもかかわらず、いわば公然と違反が行われるのは、なぜなのでしょうか。

 まず、考えられるのは、運転者が交通違反を犯すことに対して罪悪感を感じにくいという点が挙げられます。
 道路交通法で規定されている運転や駐車のルールは、刑法で規定されている殺人罪や窃盗罪のように、行為そのものが道徳上非難されるものではありません。また、事故にならない限りは誰かに被害を及ぼしているという認識も薄いといえます。道路交通法がこうした性質を持つために、「事故さえ起こさなければ違反をしてもよい」という発想にとらわれがちになります。

 さらに、他の犯罪と異なり、交通違反は犯罪であるにもかかわらず、大半の場合は正式な裁判を受けることなく処理を終えることが認められています。交通反則通告制度と略式手続という制度があるためです。
 交通反則通告制度は、軽微な交通違反の場合に反則金を納付すれば刑事裁判に移行しないという制度です(道路交通法125条以下)。反則金は刑罰ではないため、いわゆる「前科」も付きません。
 略式手続は、50万円以下の罰金または過料にあたる事件について、検察官の請求によって行われる手続で、検察官が提出した書面に基づいて裁判所が罰金を命じる制度です(刑事訴訟法461条以下)。
 これらの制度は、大量の交通違反事件を処理するために設けられ、また、違反者の負担も正式裁判に比べると軽くなりますが、このことが、「交通違反は罰金(反則金)さえ支払えばよい」という意識につながっていることも否定できません。

 このように、違反する側に罪の意識が低いことに加え、規制が妥当なのか、取締りが適正なのか、という疑問が交通違反の問題をより複雑なものにしています。

 最高速度規制については、政府の規制改革・民間開放推進本部に寄せられた「全国規模の規制改革・民間開放要望」に、「従来の『逓減式』(昭和54年警察庁交通局通達で示されている『規制速度算出要領』)制限速度決定方式から、道路設計速度以内の実勢速度(欧米式85パーセンタイルスピード)基準方式への制限速度決定方式の改革」が要望されています。

85パーセンタイルスピード...通常の道路条件で85パーセントの運転者が選択する速度

 この要望に対して、警察庁は、

「一般道路における自動車の最高速度規制は、道路標識等による最高速度が指定されている道路においてはその最高速度が適用され、道路標識等により最高速度が指定されていない道路においては法定速度である時速60キロメートルが適用されることとされている(道路交通法第22条第1項及び道路交通法施行令第11条)。したがって、法定速度に関する政令の規定を廃止しなくても、都道府県公安委員会が具体的な道路の区間について前述の諸条件を総合的に勘案した結果、交通の安全と円滑の確保、騒音、振動等の交通公害の防止、沿道住民の意向等の観点から問題がないと判断する場合は、道路標識等により法定速度を超える最高速度を指定することも法令上可能である。」
「道路標識等による最高速度規制については、都道府県公安委員会が、道路の設計速度、道路構造、自動車の実勢速度、交通量、交通事故の発生状況、交通安全施設等の整備状況、沿道環境等の諸条件を総合的に勘案して個別に決定しており、自動車の実勢速度を加味した最高速度規制が現在でも行われている。個別の道路の区間についての最高速度規制の見直しの必要性は、都道府県公安委員会が前述の諸条件を総合的に勘案して個別に判断することとなるので、都道府県警察に相談していただきたい。
 なお、『速度規制の実施基準について』(昭和54年7月4日付け警察庁丙規発第11号)は既に廃止されている。」

と回答しています。
 この回答からは、実勢速度に合わせて法定速度を超える最高速度を指定することも可能だが、実際に指定するかどうかは都道府県公安委員会次第、ということが読み取れますが、よほどのことがない限り、公安委員会が最高速度を上方修正することは考えにくいといえるでしょう。

 また、交通取締りについては、平成16年6月2日の衆院内閣委員会で、警察庁交通局長は

「取り締まりに当たりましては、交通事故の発生状況等を綿密に分析した上で取り締まり場所を選定し、最高速度違反に起因する事故が多発しているような危険な場所、時間帯に効果的に実施することが大切でありまして、そういう方向で都道府県警察を指導してまいりたいと考えております。」

と答弁しています。
 この答弁の文脈からは、交通違反の取締りは交通事故の発生につながるものを重点的に行うことが読みとれます。この裏返しとして、交通事故の発生につながらない交通違反は見逃す、と考えるのは早計ですが、交通規制のあり方を示唆するものといえるかもしれません。

 特に最高速度違反については、自動車そのものに工夫ができないか、という疑問もあります。最高速度標識と連動して、それ以上の速度が出ないように制御することも現在の技術なら可能とも思えるからです。
 現在、大型貨物自動車については、アクセルを踏んでも時速90km以上の速度が出ないようにする装置(スピードリミッター)の装着が義務付けられています(移行期間があり、遅くとも平成17年9月1日以降の最初の検査の日までにすべての対象車両に装着が義務付けられます)。
 これに対して、一般の乗用車について、最高速度を制限するような規制を見つけることができませんでした。「スピードを出しすぎるのは、スピードが出せる車だからだ」というのは、言い訳にもなりません。ただ、環境保護の観点からも、過剰な走行能力を持たせることを規制することが検討されてもよいのかもしれません。

 上でみた問題の他にも、最高速度規制と実際に取り締まられる速度との差が大きく、その「グレーゾーン」では取り締まる側の裁量が働きやすいという問題が指摘されています。交通違反の問題は、規制を求める側も規制緩和を求める側も非常に数が多いため、なかなか全体の合意を得ることが難しいですが、現行の道路交通法ができてから半世紀以上。見直しの時期に来ているのかもしれません。

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