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責任能力の判定基準

~最高裁昭和59年7月3日第三小法廷決定~

 精神障害を持つ者の犯罪でしばしば問題となる「心身喪失」や「心神耗弱」。
  刑法上、これらの考え方は責任能力の有無という問題に該当します。
  責任能力とは、物事の善悪が判断でき、それに従って行動を制御する能力を指します。
  心神喪失とは、精神障害の影響で、善悪判断・制御の両能力を欠き、責任能力がない場合です。心神耗弱とは、両能力が著しく減退した場合を指し、責任能力が減少している場合をいいます。
  では、裁判所はどのような基準でこれらを判断しているのでしょうか?

 元海上自衛隊員の被告人Xは、高校時代の友人の妹Aに好意を抱き、結婚を申し込みましたが、革新的思想のAとその一家に「思想的に相容れない」との理由で断られました。これに恨みを抱いたXは、この人々を殺害して気分を晴らそうと決意します。
  昭和44年1月4日の深夜、Aの家を訪れたX。応対したAの姉B、奥の部屋で就寝中のBの子供3名、駆けつけてきた近隣の者らを、用意していた鉄棒で次々と殴打しました。この結果、5名を殺害、2名に重傷を負わせ、殺人と殺人未遂の罪で高知地裁に起訴されることとなったのです。
  当時Xは精神分裂病(現・統合失調症)に罹患していたため、1・2審を通じて争われたのはXの責任能力でした。弁護人は犯行時のXの心神喪失または心神耗弱状態を主張しましたが、1・2審はそれぞれ被告人の精神鑑定を行い、この主張を排斥して、死刑を選択しました。
  第1次上告審である最高裁は、Xが犯行時に心神耗弱だった疑いがあるとして、2審判決を取消し、差戻しました。Xが犯行の約2ヶ月前まで精神分裂病の治療を受けていたことや、殺人に発展するべき犯行動機がないこと、幼児・近隣の者までも殺傷した反面、目の前にいた友人の父には全く手を出さず犯行態様が異常であることなどから、精神分裂病に起因する妄想が犯行動機に繋がったとする2審の精神鑑定がその理由です。
  差戻後の原審は、さらに2回の精神鑑定を行いました。
  1つの鑑定は、「真の精神病ならば、責任能力がない」と考え、犯行の動機・態様等の異常性から、被告人は犯行時心神喪失の状態にあったとしました。
  いま1つの鑑定は、「精神分裂病者=責任能力なし」という考えに批判的で、精神分裂病者の責任能力は個々の事実ごとに考慮すべきとし、犯行当時Xは、一応社会生活が可能で判断能力を備えていて、その犯行動機にも納得できる点があると判断しました。
  原判決は、後者の精神鑑定に立脚しつつ、被告人の犯行の動機・態様のほか、被告人の犯行当時の病状(かなり良好な症状の軽減・消滅がみられ、犯行は病気が原因ではないこと)、犯行前の生活状態(当時、被告人は工員として普通に社会生活を営んでおり、病院の薬も続けていて、周囲の人間も異常を感じていなかったこと)などを総合的に考察しました。その上で、Xは犯行当時、精神分裂病の影響により心神耗弱の状態にあったものと判断。1審判決を破棄して被告人を無期懲役に処しました。
  X側は心神喪失を理由に無罪を主張し、再び上告。
  最高裁は、この上告趣意を排斥して原判断を正当とするとともに、被告人が犯行当時精神分裂病に罹患していたという事情から、直ちに心神喪失状態だったと考えるのではなく、精神分裂病者についても、個々の事案毎に、その病状、犯行前の生活状態、犯行の動機・態様等を総合して責任能力を判定すべきとの判断を示しました。

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