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胎児傷害[水俣病刑事事件]

~最高裁昭和63年2月29日第3小法廷決定~

 人はいつから「」として法の保護を受けられるのでしょうか?
  有毒物など、何らかの作用により傷害を受けた胎児が出生して「人」になった場合、これがその生まれてきた「人」に対する傷害といえるかは悩ましいところです。
  今回紹介する判例では、こうした傷害を受けたことに加え、それが原因で死亡した場合、「人」に対する過失致死罪が成立するかが問題となりました。

 熊本県水俣市の、化学製品製造を業とする新日本窒素肥料株式会社(現チッソ株式会社)の元代表取締役社長X、同社水俣工場の元工場長Yは、ともに同工場の業務全般を統括し、操業及びこれに伴う危険発生防止等の業務に従事していました。
  2人は、在任中の昭和33年9月から同35年8月までの2年間、同工場のアセトアルデヒド製造工程で副生した塩化メチル水銀を含有する廃水を、過失によって、水俣川河口海域に連日排出させました。こうしたことが原因で同海域の魚介類が汚染され、妊娠中のBがこれを摂取してしまったのです。
  Aは胎児の段階でしたが、Bの胎内で汚染魚介類の影響を受け、いわゆる胎児性水俣病に罹患しつつも出生。しかし、当該病気が原因の栄養失調・脱水症により、Aは12歳9ヶ月の生涯を閉じました。

 第1審の熊本地裁は、胎児には「人」の機能の萌芽(出生時に完全な「人」となるよう順調に発育する能力)があるとしました。胎児に外部から有害な侵害行為を加え、この萌芽を傷害した場合は、出生後「人」に対する業務上過失致死罪と評価できるような致死の結果を生じさせる危険性が充分にあるとも考えました。そして、傷害の実行行為時に客体である「人」が現存している必要はなく、致死結果が生じた時点で客体である「人」がいれば足るとし、X・Yに業務上過失致死罪の成立を認めました。
  原審の福岡高裁も、胎児傷害については第1審判決を基本的に踏襲し、控訴を棄却。X・Y側はこれを不服とし、上告にのぞみました。
  最高裁は、上告を棄却する決定を下しました。
  現行法上、胎児は母体の一部として取り扱われていると判断したのです(独立の行為客体として特別に規定されている堕胎の罪を除く)。ですから、業務上過失致死罪の成否を論ずるにあたっても、胎児に病変を発生させることは、人である母体の一部に対するものとして、「人」に病変を発生させたと考えます。この点、行為時に母体という「人」の現存を求めることから、行為時に「人」の現存を求めない原審とは異なります。
  そして、胎児が出生し「人」となった後、この病変が原因で死亡した場合は、結局、「人」に病変を発生させて「人」に死の結果をもたらしたといえるから、病変の発生時において客体が「人」であることを要するとの立場を採ると否とにかかわらず、過失致死罪が成立するとしました。

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