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脳死と刑法上の死

~大阪地裁平成5年7月9日判決~

 臓器移植のための脳死判定などで、世間的に浸透してきた「脳死」。
 実際にはどのような状態かご存知ですか?
 脳死とは、全ての脳細胞とは言わないまでも、多くの脳細胞が死んでいる「全脳機能の不可逆的停止」を指し、2回の脳死判定を経て判断されます。
 今回の事例では、脳死を刑法上の「」と扱うべきか否か、また、脳死と心臓死の間に医師の故意行為が介在した場合に、Xの傷害行為とAの死の結果を結び付けうるかという因果関係が問題となりました。

 8月29日午後10時45分頃、被告人Xは、大阪市N駅の公衆電話コーナーにおいて、隣で電話中のAと口論となり、Aの眉間部を右手げんこつで1回殴りつけるなどの暴行を加えました。
 その結果、Aは鼻骨骨折を伴う打撲傷を負い、その一週間後に、O大学付属病院において、びまん性脳損傷により死亡しました。びまん性脳損傷とは、脳全体に衝撃を受けた場合に脳実質が頭蓋内で強くゆすられ、脳内にズレが生じ、広範な神経連絡機能の断絶を生じる病態です。
 ただし、Aの死に際しては医師の行為が介在しています。Aは心臓停止20分前に脳死状態に陥り、Aの家族の希望で臓器移植目的の臓器摘出をするという事情があったため、医師が人工呼吸器を停止させ、9月5日午後6時頃、Aの心臓停止が確認されました。
 弁護人は、Aが心臓停止に至るにつき人工呼吸器の取り外し措置が介在していることから、Aの暴行とAの心臓死との間に因果関係があるというにはなお疑問が残ると主張しました。

 大阪地裁は、犯罪事実として、Aが脳死した時点ではなく、心臓が停止した時点を「死亡時刻」と確定しました。ここで、刑法上の死は心臓死と示したことになります。
 その上で、因果関係につき、以下のように判断しました。
 まず、9月3日午後7時、9月4日午後7時35分に行われた二回の脳死判定により、Aの脳死が確定したこと。
 そしてAの妻らは、E医師から、Aの脳死判定等について説明を受けた上、9月5日午前9時頃、Aの人工呼吸器を取り外すことを承諾したこと。
 9月5日午後5時40分頃、Aの家族の立会いの下に、E医師によりAの人工呼吸器が取り外され、9月5日午後6時頃、Aの心臓停止が確認されたこと。
 これら3点が認められるとしました。
 これを踏まえて、実行行為(XがAの眉間部を殴りつけたこと)後、心臓死との間に第三者の行為(医師が人工呼吸器を取り外した行為)が介在している場合、(1)実行行為が結果を引き起こす可能性の大小、(2)介在事情の異常性、(3)介在事情の結果への寄与度を総合的に考慮。Aは、眉間部打撲行為により、びまん性脳損傷を起こして脳死状態に陥り、2度にわたる脳死判定の結果脳死が確定されて、もはや脳機能が回復することが全く不可能な状態に立ち至っているのであるから、(1)が大、(2)・(3)が小と判断しました。その結果、人工呼吸器の取り外し措置によってAの心臓死の時期が多少なりとも早められたとしても、Aの眉間部打撲とAの心臓死との間の因果関係を肯定することができるというべきだとし、Xに傷害致死罪の成立を認めました。

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