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空気注射と殺人罪

~最高裁第2小法廷判決昭和37年3月23日~

 「人を殺そう」なんて考えは全く誉められたものではありませんが、その目的を遂げるためには、それだけ危険な行為が必要となります。

 罪を犯そうと実行した行為が結果発生の危険性を孕んでいる場合で、それでも結果発生に至らなかったときは未遂罪です(刑法43条)。処罰するかどうかは個々の罪ごとに異なりますが(同44条)、殺人未遂罪は罰せられます(同203条)。
 一方、罪を犯すために行為したものの、その行為に結果発生の危険性がなく、およそ目的の犯罪結果を引き起こせない場合は不能犯といい、罰せられません。
 今回の事例では、殺人の目的で静脈内に致死量以下の空気を注射した場合、殺人未遂罪と不能犯のどちらにあたるのかが問題となりました。

 被告人Xは、生命保険をかけた姪のAを殺害して保険金を取得しようと考えました。
 当初は自動車で轢き殺す計画を立てましたが、機会がなかったために断念。Aの静脈内に空気を注射し、いわゆる空気栓塞(空気が血管やリンパ管を塞ぎ、血流を遮断してしまうこと)をおこさせて殺害することに計画を変更します。
 犯行当日、Xは仲間3人と協力してAをだまし、同女の両腕を支えて静脈内に蒸留水5ccとともに空気合計30ccないし40ccを注射しました。しかし、空気栓塞による致死量の70ccないし300ccに足りなかったため、殺害の目的を遂げませんでした。

 第1審判決がXに殺人未遂罪を成立させたのに対し、弁護側は、この程度の空気量のみでは、通常人を殺すことは不可能であるため、不能犯だとして控訴しました。
 第2審判決は、30ccないし40ccの空気では人を殺せないと認めつつも、空気量の多少に拘わらず、人体の静脈に空気を注射すること自体が、人を死亡させ得る極めて危険な行為と考えるのが社会通念に適うと判断しました。その上で、弁護側の主張を退け、殺人未遂罪に処したのです。弁護側は、空気量を理由に不能犯であるとの主張を堅持し、さらに上告しました。
 最高裁は、上告を棄却。
 なお書きの中で、「人体に空気を注射し、空気栓塞によって人を殺すことは絶対に不可能であると弁護側はいう。しかし、第1審・第2審判決ともに、静脈内に注射された空気の量が致死量以下であっても、注射された者の身体的条件や、その他の事情の如何によっては死の結果発生の危険が絶対にないとはいえないと判断しており、これは各鑑定書に照らしても十分是認し得る妥当なものだ」と断じました。

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