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不作為による殺人

~東京地裁八王子支部昭和57年12月22日判決~

 虐待の末、家族や同居人を死なせてしまう事件は後を絶ちません。
 なかには、虐待してしまった後に適切な救護措置さえ講じないケースも多く見受けられます。
 こうした状況下で被告人に被害者の死の責任を負わせるには、(1)被告人に、適切な措置を講じるべき法的義務(作為義務)があり、その実行が容易であること、(2)被告人が何もしなかったこと(不作為)が殺人罪の実行行為と同程度と言えるくらい悪質であること、という条件を満たしていなければなりません。
 今回紹介する事案では、この2点をどう評価するかがポイントとなりました。

 飲食店を経営する被告人X・Yは、自宅に住まわせていた従業員のAが小水を漏らしたこと等に立腹し、共謀して、木刀で何度も殴打する等の暴行を加えました。
 Aはこの暴行により、鼻骨骨折を伴う鼻根部挫創、下唇挫創、後頭部挫創等の傷害を負い、自力で起きあがることもできなくなって、その意識も朦朧とするなど、かなり重篤な症状に陥ります。
 しかし、X・Yは、Aに対する傷害の責任を問われたくないという思いから、化膿止めの投与や氷枕をあてがう程度の処置しか講じず、Aは死亡するに至りました。
 このとき両名には、「医師の治療を受けさせなければAが死ぬかもしれない」という認識も、それを許容する気持ちもありました。

 検察官は、適切な救護措置を怠った点につき、X・Yを不作為による殺人罪刑法199条)で起訴しました。
 これに対し、弁護人は、(1)X・Yに法的作為義務はない、(2)X・Yの不作為は、殺人罪の実行行為と同価値ではない等と主張しました。

 裁判所は、(1)・(2)につき以下のように判断しました。

 まず、(1)の作為義務については、X・Yの暴行が強力で、傷も11か所と多いうえ、重傷も含まれており、これらの傷を治療せねばさらに重篤化して死亡する可能性があったのだから、X・Yは自らA死亡の切迫した危険を生じさせたとしました。
 また、X・YとAは日頃から支配服従関係にあったし、Aが重傷を負った後も、X・YはAを支配領域内に置いて救助を引き受けていたことに触れ、認識していたはずのAの重傷さや死亡の危険性までも打ち遣っていたと指摘しました。
 さらに、本件当時、X・YがAに医師の治療を受けさせることも困難ではなかったため、Aに対して創傷の悪化を防止し、医師の治療を受けさせるべき法的作為義務があったと判断しました。

 次に、(2)の不作為については、
 Aが必要としていた処置は、創傷の消毒・縫合、抗生物質の投与、持続点滴などであって、X・Yによる薬品の投与等は気休めに過ぎず、X・Yもそのことに気づいていたと断じました。
 にもかかわらず、容易に実行できる対策を怠ったX・Yの不作為は、殺人の実行行為と同視できるほど悪質であると認定したのです。

 以上より、裁判所はX・Yに不作為による殺人罪を成立させました。

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