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因果関係の錯誤

~大審院大正12年4月30日判決~

 犯人を罪に問う場合、犯人がなした行為と生じた結果の間に原因・結果の繋がりがなければいけません。
 さらにその行為には「わざとそれをした」という故意が求められます(刑法38条)。
 つまり、故意行為と結果が存在し、両者の間に因果関係が認められる場合に限り犯罪の責任を問えるわけですなのですが...罪を犯す時には、すべてが犯人の思い通りに運ぶとは限りませんよね。
 銃で殺そうと発砲したけれど、被害者が逃げる際に転んで頭を打ったことが死因となった、など、想定していたのと違うアプローチで狙った結果が生じる場合もあります。
 このように、犯人が想定していた殺害方法以外の経過をたどって被害者が死亡したとき、その因果関係にピッタリ沿った故意がなかったからといって、被害者死亡の責任を問えなくなるのでしょうか。

 随分前の判例になりますが、今でも参考にされる大正時代の事案を紐解いてみましょう。

 被告人Xは、夫の連れ子である被害者Aが病気のため家計を圧迫していたことを快く思っておらず、Aを殺害しようと企てます。
 XはAの就寝中に麻縄で首を絞め、動かなくなったAを見て死亡したものと思い込み(本当は、Aはまだこの時生きていました。)、犯行の発覚を防ごうとAを遺棄しに行きます。
 Xは、首の縄を解かないままAを海岸砂上まで運び、そのまま放置して帰宅。
 ここでAは砂を吸引してしまい、頸部絞扼と砂末吸引が重なったことで死亡しました。

 原審は殺人既遂罪刑法199条)を成立させました。
 これに対しX側は、因果関係に関してXの認識と食い違いがあるため、故意なしと判断すべきだと主張して上告しました。
 Xが殺人の故意のもと行ったのは首絞め行為であって、砂上に放置した行為は死体遺棄のつもりであったことから、「砂上放置行為による死亡」という結果に対応する殺人の故意は存在しないというわけです。

 大審院(現在の最高裁)は上告を棄却。
 まず、砂の上に放置したXの行為がなければ、Aが砂末吸引をひき起すこともなかったことを示し、Xの放置行為とAの死亡との繋がりを認めました。
 その上で、そもそも、Xが殺人の目的で行った首絞め行為がなければ、Xが犯行発覚を防ぐためにAを砂上に放置する行為も発生するはずがなかったと指摘し、Xの首絞め行為と放置行為の繋がりも認めました。

 これらの事情を社会通念に照らして考えると、Xが殺害の目的をもってなした行為とAの死との間には因果関係があると認めるのが正当であって、Xが「Aが死亡した」と誤認し、死体遺棄の目的で行為したからといって、この因果関係が遮断されるわけではないと断じました。
 したがって、Xは殺人未遂罪同203条)と過失致死罪同210条)の併存ではなく、殺人既遂罪として処罰すべきとしたのです。

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