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不作為による放火

~最高裁昭和33年9月9日第3小法定判決~

 とんでもないことをしでかした場面では、「知らんふりしてしまいたい...」という気持ちが芽生えることもあります。
 しかし、それがさらに重大な結果を引き起こしかねない場合、そんな甘い考えは捨てなければなりません。

 刑法では、何か対策を講じるべき義務(作為義務)のある人が、その実行が可能(作為可能性)であるのに、何もせず、それが非常に悪質である(作為との同価値性)という場合、「不作為によって罪を犯した」として処罰できるとされています。
 今回の事案では、不作為による犯罪と認めるにあたり、これらの条件に加えて「この災いを利用してやろう」という意思が必要かが争われました。

 被告人Xは、某電力会社に勤めており、この日は営業所事務室で残業をしていました。
 午後11時頃、宿直員Aと酒を約6合飲んだXは、Aが就寝した後も、ひとりで火鉢に多量の木炭をつぎ、これにあたりつつ仕事を続行します。
 しかし、午前2時頃になって、Xは酒の影響から吐き気をもよおし、大量の炭火をそのままにその場を離れ、別室で休憩・仮眠してしまいました。
 午前3時45分頃、仮眠から覚めて自席に戻ろうと事務室に入ったXは、炭火ですぐ側にあったボール箱入り書類が燃え、さらにその火が自席の木机にも広がっているのを発見しました。
 この時の火勢や消火設備なら、X自ら消火にあたるか、または宿直員A他2名を起こして協力してもらえば容易に消火できる状態でした。
 Xには、これを放置すれば営業所建物に延焼し、やがて焼損するだろうという認識がありました。
 しかし、目の前の失火は自分の不注意が起こしたものだという動揺と、自分の失策が露呈することへの恐れに負け、焼損しても構わないとXはそのまま立ち去ったのです。
 結果、数十分で火は燃え広がり、営業所建物が全焼、隣接する住居・倉庫等7棟も全焼し、1棟が半焼しました。

 第1・2審ともに、Xに現住建造物等放火罪刑法108条)を成立させました。
 この失火はXの重大な過失が原因で、残業職員でもあるのだから、当然Xには消火義務が存在するし、消火も容易だったからです。
 また、放置すれば営業所などを焼損するだろうと認識しながら、それでもいいと立ち去った事実を重く捉えたことも要因でした。

 これに対し弁護側は、不作為による放火罪成立には、(1)法律上の消火義務、(2)消火可能性、(3)既発の火力または危険を利用する意思 が必要とした大審院判例を示し、(3)がないXを不作為による放火に問うのは判例違反であると主張して上告しました。

 最高裁の判断は上告棄却でした。
 第1・2審と同様、Xの重大な過失行為と、残業職員である点から、(1)を満たすと認定。
 さらに消火が容易だったことから(2)も満たすとしました。
 (3)については大審院の見解に修正を加え、既存の火力等を利用しようとしたという事情がなくとも、Xに「既発の火力により営業所が焼損するだろうことを認容する意思」があれば足るとしました。
 したがって、(3)の意思をもって(1)(2)の状況を無視し、あえて必要かつ容易な消火措置をとらなかったXの行為は、不作為による営業所への放火行為と評価できるとしたのです。

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