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人のはじまりと遺棄

~最高裁昭和63年1月19日決定~

 ある者を放置して死なせてしまった場合、それが「人」なのか、また、その者に必要な措置を施す責任(保護責任)があるか、という点は重要です。
 人でないなら「人を死なせた・殺した」とは言えませんし、助ける責任がないならその者の死について責められるいわれはないからです。
 今回の事案では、堕胎した胎児の扱いについて上記の2点が問題となりました。

 産婦人科医として医院を開業する被告人Xは、妊婦Pから堕胎を依頼され、胎児が母体外で生命を保てる時期であるにもかかわらず、妊娠第26週に入った胎児Aに堕胎措置を施し、母体外に排出しました。
 XにはPとともに同児に必要な医療措置を施し、生存に必要な保護を与えるべき保護責任がありましたが、Pと共謀してAを医院に放置した結果、Aを死亡させてしまいます。

 さらに、Aの遺体を引き取りに来た父親Qに遺体を引渡す際、Xは「バレないように死体は砂地でないところに穴を深く掘って埋めなさい」と指示し、Q・Pと共謀してQ方の畑の土中にAの死体を埋めました。

 1審はXに業務上堕胎罪刑法214条)、保護責任者遺棄致死罪同219条)、死体遺棄罪同190条)の成立を認め、2審もこれを支持して控訴を棄却しました。
  これに対し、弁護人は事実誤認を主張して上告しました。

 最高裁の結論は上告棄却でした。
 本件当時の母体保護法(旧優生保護法)2条によれば、人工妊娠中絶とは「胎児が母体外で生命維持のできない時期に」行われるものとされており、その時期は妊娠満23週未満とされていました(現在は22週未満)。
 このことからまず、妊娠26週目に行われた本件堕胎行為に業務上堕胎罪を成立させたのです。
 そしてこの人為的な母体からの分離は、Xに「Aが保護を必要とするような状況をつくりだした」として保護責任を問う基礎になります。

 ちなみに、このときのAは、刑法上すでに「人」といえる存在になっていました。
 刑法では、母体から胎児の一部があらわれた瞬間から、その胎児を立派なひとりの「人」として扱います。ですから、いくらAが未熟児と言えど、保護責任者が必要な保護を怠れば、それは「人」を遺棄したことになるというわけです。

 裁判所は、「A(推定体重1,000g弱)に保育器等の未熟児医療設備が整った病院の医療を受けさせていれば、短期間内には死亡しないどころか生育する可能性もある」との認識がXに存在したと指摘。さらに、こうした措置が迅速・容易にかなった点も示し、Xに保護責任を認めました。

 以上から、保護責任を無視してAを保育器もない自己の医院内に放置し、生存に必要な措置を全くとらず、出生の約54時間後にAを死亡させたXには、保護責任者遺棄致死罪も成立するとし、原審の判断を是認したのです。

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