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責任能力の意義

~大審院昭和6年12月3日判決~

 裁判の話題では、責任能力の有無を判断する際、「心神喪失」や「心神耗弱」ということばが出てきます。「心神喪失」なら不可罰、「心神耗弱」なら刑の減軽です(刑法39条
 今回の事案は、これらのことばの意義を積極的に示した判例です。
 判決自体は大審院が下した大変古いものですが、ここで示された基準は現在の判例でも変わらず使用されています。

 被告人Xは、隣地を所有するAと日頃から土地境界線をめぐって争っており、関係性は良くありませんでした。
 事件当日、Xが自分の田の草刈りに行くと、ちょうどAが作業を中断し、Xの田の付近に登ったところでした。
 Aが自分の田の草刈りをしているものと誤信したXは、感情を爆発させ、突如Aの背後から柴刈鎌でAの頭部等を数回強打します。
 加えて、Aの悲鳴に驚いて駆けつけたAの長男Bをも、Xは柴刈鎌で数回殴打しました。
 この暴行により、Aは全治100日余の、Bは全治約10日の傷害を負いました。

 Xは青春期に統合失調症に罹患し、それが次第に悪化している状態でした。
 症状としては、他人の声が自分を冷笑しているように聞こえる錯聴や、人の声がないのに罵声が聞こえる幻聴などが出てきており、本件当時は特に幻聴がひどかったようです。
 これを踏まえ、鑑定書は、本件当時のXにつき「善悪の判別能力は欠けていなかったものの、精神がやや興奮状態にあって錯覚・幻覚があり、妄想に近い被害的思考も抱いていて、知覚や判断力は不十分」と結論付けました。

 原審はXに対し、傷害罪同204条)を成立させましたが、上記状態を「心神耗弱」と評価し、刑を減軽しました。

 弁護側は、Xが「心神喪失」状態にあったと主張し上告しました。

 大審院は上告を棄却。
 「心神喪失」とは、精神傷害により善悪の判別能力がないか、この判断に従って行動する能力がない状態を指すとしました。
 「心神耗弱」とは、精神傷害はいまだ善悪の判別能力を欠く程度には至っていないけれど、その能力が著しく減退している状態を指すものとしました。

 したがって、「Xは普通人のもつ精神作用全てを欠いているわけではないけれど、著しく減退している」という旨の鑑定書から判断するに、Xの精神状態は、「心神耗弱」の程度と認めるべきもので、「心神喪失」の程度にはないと考えたのです。

 以上より、Xが本件当時「心神耗弱」状況にあったと判断した原審に間違いはないと判断しました。

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