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依頼されたと勘違いしての殺人

~名古屋地裁平成7年6月6日判決~

 殺してくれと被害者本人に頼まれて殺人を犯せば「嘱託殺人罪刑法202条)」になりますが、この依頼が本心でない場合はどうなるのでしょうか?

 結果から考えれば、死にたくない人を殺すのですから「殺人罪同199条)」ですよね。

 ただ、刑法では、罪を問うにあたり、故意と結果をセットで考えます。
 結果が生じてもそれに見合う故意がなければ結果に対する責任を問えないとし、生じた結果よりも軽い故意しかない場合は、軽い故意に合わせた罪しか成立させません(同38条2項)。
 殺人の故意+殺人の結果なら「殺人罪」、嘱託殺人の故意+殺人の結果なら「嘱託殺人罪」になるというわけです。

 今回の事案でも、この故意の部分、すなわち、犯人が被害者の本当の気持ちを知っていた(殺人の故意があった)か、それとも犯人が本心からの依頼だと思い込んでいた(嘱託殺人罪の故意しかなかった)かが問題となりました。

 被告人Xは、情交関係にあるAとの交際費などが原因で、9500万円余の借金をしていました。
 XがAにこの窮状を打ち明けたところ、Aは具体的な解決策を打ち出さず、死をほのめかすような言動を繰り返します。
 こうした様子を見て、Xは「最悪の場合Aがその気なら2人で死のう」と考え、2日にわたり眠れぬ夜を過ごしました。
 そんな中、疲労困憊し、前途を案じて動揺しているXに、Aが「僕が先だからね」「刺してもいいよ」と言って、布団で顔を覆い、腹部から下をむき出しにしたのです。

 このAの言動を本心からの殺人依頼だと思い込んだXは、Aを殺して自分も後を追おうと決意し、殺意をもって、Aの腹部や背部などを果物ナイフで突き刺し、失血死させました。

 なお、この果物ナイフや睡眠薬は、Aの求めでXが購入していたものです。

 検察側は、Aの家庭環境や仕事環境に問題がなく、死ななければならない事情が見当たらないことや、防御創があったことなどから、Aの言動が真意でないと認識できたはずだと主張。Xには殺人の故意があったとしました。
 これに対し弁護側は、Aの依頼は真意によるものだから、Xの故意も当然嘱託殺人であると主張しました。

 名古屋地裁は、Aの状況や防御創から、Aの依頼は真意ではなかったと認定しました。
 しかしその一方で、「僕が先だよ」「刺してもいいよ」という言葉が動揺していたXの心に呪文のごとくよぎり、「Aが本心で殺害に同意している」と信じるに至った経緯は、通常人の立場からも納得できるとXに理解を示しました。
 これらの事情を比較した結果、結局Xには嘱託殺人の故意しかなかったと判断され、嘱託殺人罪となったのです。

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