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治療と称する殴打

~札幌地裁昭和36年3月7日判決~

 病気などの治療に行き詰まったとき、藁にもすがる思いで宗教に頼るケースは珍しくありません。
 しかし、ここで宗教者側の行った治療方法が原因となり、依頼者に重大な害悪が生じたとき、法律上はどのような評価が下されるのでしょうか。

 被告人Xは、農業を営むかたわら真言宗を信仰し、自宅横に真言宗の寺院を建設して、夫とともに祈祷師をしていました。
 知り合いから「精神に異常をきたした妹Aを治すため、加持祈祷をしてくれ」と頼まれたXは、Aを預かります。
 説法を聞かず、夜間に外出したり、獣のまねをしたりと、しばしば異常行動に出るAを見たXは、Aに竜神が乗り移っているものと信じ、Aの親族に「竜神をAから追い出さなければ正気に戻らない。そのためには真言の加持秘法が必要だ」と伝えました。
 XはAの親族から加持秘法の承諾を得、Aから竜神を抜くために、嫌がるAの両腕などを押さえつけて動けなくし、手拳でAの胸部や両腕などを数十回殴打しました。
 これによりAが失神したので、竜神が抜けたとしていったん殴打を中止しましたが、その後、目覚めたAの言動が再び異常になったことから、Xは親族らに命じてAの両腕などを押さえつけさせて固定し、念仏を唱えながら長さ5mの大数珠でAの背部や腰部などを数十回殴打しました。
 その結果、Aは全身に約67個の傷害を負い、失血死してしまったのです。

 今回の事案では、

  1. 宗教者側の行為を、医者の治療行為のような正当な業務上の行為(正当業務行為、刑法35条)と評価して違法性を排除し、犯罪を不成立とすべきか
  2. 宗教者側の暴行に関して被害者の承諾があれば違法性を阻却するべきか

という2点が争われました。

 ちなみに、(1)の正当業務行為を認める際の判断基準とされているのは、a「行為の目的が治療であること」と、b「医学的正当性があること」、c「緊急時以外は患者の同意があること」の3点です。

 まず裁判所は、Xの主観が治療目的だったことを認めました((1)-a)。
 しかし、加持祈祷行為が、実力行使を全く伴わない念仏の唱和だけならともかく、病弱な婦女の意思に反して身体を押さえつけ、暴行を加えることでAの精神病が治癒するという保障(原文ママ)は医学知識上認められないとします((1)-b)。
 また、Xの行為は社会常識上著しく常軌を逸し、身体に重大な損傷を与えることはもちろん、人の死を招くような実力行使であって、治療行為としては到底許されないものであるとしました((1)-b)。
 本件の場合、判断能力を欠いた患者A本人から明確な同意を得られていない以上、(1)-cも満たしてはいません。
 したがって、裁判所は、これまでの理由からでも有罪とするには十分であり、(2)の問題を考えるまでもないと判断したのです。
 以上より、札幌地裁は、Xに対し傷害致死罪(刑法205条)を成立させました。

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