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救護放棄

~佐賀地裁平成19年2月28日判決~

 ひき逃げ犯が被害者を運んで遺棄した場合、その行為は「何もせずに放置した」不作為というべきなのか、「積極的に危険にさらした」作為というべきなのか、どちらでしょう。

 普通貨物自動車を操縦中だった被告人Xは、午後5時10分頃、A(当時11歳)の操縦する自転車と衝突して、Aに頭蓋骨骨折等の傷害を負わせ、Aは頭部から大量に出血して意識不明の状態に陥りました。
 Xが路上に倒れたAに近づいて声を掛けると、Aの左手の指先と左まぶたがわずかに動いたので、XはAの頭部の出血を拭きながら、病院でAに手当を受けさせようと考えます。
 携帯電話がなかったXは他の通行車両や通行人が現れるのを待ちましたが、誰も通らず、Aが死亡して自分に重い刑罰が下るのではと怖くなったXは、事故を隠すため自転車をガードレール外の草むらに投棄するなどしました。
 Aを車に乗せ出発したXは、内心、病院搬送と山中遺棄で揺れていましたが、やがて、人目のつかない山中に遺棄されたAが誰にも発見・救助されずに容体悪化して死亡しても仕方がないとの決意に至り、午後5時20分頃、Aを人目のつかない杉林内の木の下付近に置き、立ち去りました。
 翌日午前1時30分頃、Aは発見され、緊急手術により一命を取り留めました。

 Xは殺人未遂罪(刑法203条)で起訴されました。
 これに対し弁護人は、評価の対象となるXの実行行為は「被害者を病院に連れて行かず置き去りにした」不作為の部分(遺棄)としたうえで、作為義務のないXがこの不作為行為をしたからといって殺人の作為と同等の悪質さがあるとは言えないと主張しました。
 本件で評価されるべきXの行為が「不作為」ならば、「何もしなかったことが罪だ」といえなければならないため、「Xに被害者を助ける義務があり、この行為が作為と同等といえるだけの悪質さを備えている」などの条件をクリアする必要が出てくるのです。

 この点、佐賀地裁は、評価の対象となるXの行為を「被害者を本件事故現場から杉林内に連れ去り、そこに置き去りにした」という、一連の「作為」(移転~遺棄)に設定しました。
 そして、重傷でも息があり、緊急治療が必要なAを、自分の車に乗せて搬送し、夜間の気温が低く、通常では発見・救出が極めて困難な杉林の中に運び込み、不衛生な状態のまま置いて立ち去ったXは、Aから緊急治療の機会を奪ったばかりか、Aを、頭部重傷の進行・増悪、エネルギー消耗による免疫力低下、菌の傷口侵入による髄膜炎・感染症の危険にさらしたと指摘します。
 これらはAの生命侵害の危険性を死が確実と言いうるほどにまで高めるもので、医学的見地・社会通念から、Aの生命に対する新たで重大な危険性を生じさせるものといえると評価しました。
 したがって、Xの行為は、Aの死亡の結果を引き起こす危険性を十分に備えた「殺人の実行行為」に該当すると結論付け、殺人未遂罪を成立させたのです。

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