サイト内検索:

点滴に異物を混ぜた行為。実は殺人罪を立証するにはたくさんの壁が。

 横浜市にある大口病院でセンセーショナルな事件が起こったことを知っている人は多いはずです。その内容というのは、何者かが点滴の中に注射器を用いて異物を混ぜ込み、その結果入院患者が中毒死したというものです。
 注射器で注入した形跡を残さないようにゴム栓部分から異物を混入させた点から、内部犯ではないかと見られていますが、未だ犯人の逮捕には至っていません。
 早期の解決を願うばかりですが、この事件では法律学的に見ても悩ましい部分が多数あり、それゆえに解決までは長期化が見込まれるのではないかと思われます。

 今回の事件では、仮に犯人が捕まった場合、「殺人罪(刑法199条)」の適否が問題になります。殺人罪が成立するためには「実行行為としての殺人」と「殺人の故意」、そして行為から結果までの因果関係などが満たされる必要があります。
 これらを客観的証拠や犯人や関係者などの証言から立証していくことになります。

 ただ、そもそも実行行為としての殺人を立証するのに壁が立ちはだかります。
 例えば、報道からは院内に監視カメラなどがなく、頻繁に人が出入りする点滴の保管所において「誰が」異物を混入させたかを特定させるのは至難の技です。
 点滴を触れば指紋が残るはずだと考えるかもしれませんが、病院内であれば医療用のゴム手袋を着用するのは一般的であり、痕跡が残らないことも考えられます。

 また、混入させた異物が人体に対してどの程度の危険性を有するものか、その量は致死量であったのかなど、遺体が火葬された後では遡って調べることもできませんし、手口の共通化が図られていたかも判別できません。
 「点滴に異物を混入させて人を殺した」というだけでも、「誰が」「いつ」「どのように」したかを割り出すだけで数多くの壁が存在することがご理解いただけると思います。

 「病院内のスタッフを根こそぎ尋問して自白させればいいじゃないか?」と考えるかもしれませんが、これは早計です。自白は重要な証拠ではありますが、それはあくまで主観的な証拠であって、客観的な証拠ではありません。
 また、過去の自白偏重の捜査に対する反省から、被告人は自白のみをもって有罪とすることができないと定められています(刑事訴訟法319条2項)。

 よくニュースで「殺人事件で凶器が見つかっていない」というフレーズを耳にすることがあると思います。こうした点にも表れているように、やはり大事なのは物証。そしてそれを補助する証言という順番なのです。
 今回のケースで用いられたものは「点滴に混入させた異物」です。使ってしまえばなくなるものであるため、これらを物証として収集することにも困難さがあります。

 また、仮に犯人と思しき人物が出てきたとしても、「特定の誰かに対する恨み」があったわけではない事案で、殺意や殺害の動機を解明していくのも難しさがあります。したがって、「殺人の故意」の立証にも難しさがあります。

 このように一見、すぐに解決しそうな殺人事件であっても、実際は捜査上において多数の障害が立ちはだかることがあります。
 今回の大口病院での事件は、まさにそうした点をクリアできるかどうかという課題を突きつけられているともいえるわけです。捜査の進展を強く願うばかりです。

ページトップへ