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父と娘の物語 ― ある親殺し 第一回

父と娘の物語 ― ある親殺し 第一回

1 ある夫婦の会話

夫:37歳、会社員。某私立大法学部卒。
妻:35歳、会計事務所職員。

妻   (新聞を読みながら)見て見て、またヒッキー(*注1)がお父さんを殺してる!― 最近、家族同士の殺人事件が多いと思わない?
 
夫    そういえば、祖父さんが息子一家皆殺しにしたなんてのもあったな。元気だよなぁ。
 
妻    不謹慎なこといわないでよ。・・・親が息子を殺すなんて、きっとよほどの事情があったのよ。でも、子どもが親を殺すのは許せないわ。
 
夫    どうして? ひどいのはどっちも同じじゃないの?     最近、通り魔とかの無差別殺人もよく起きるじゃないか。これは逆に、会ったこともない他人を殺すわけだろ、「誰でもよかった」とか言ってさ。こっちのほうが悪質とも言えるじゃないか。 刑法では「人を殺した者は」(*注2)となっていて、被害者が親であろうが子どもであろうが、アカの他人であろうが、関係ないんだよ。
 
妻    そんなのおかしいわ。自分を生んでくれて、一所懸命育ててくれた親を殺すなんて、・・・そんな不恩義、人として許せないわよ。絶対、死刑にすべきなのよ!
 
夫    (呆れて)古いんだよなー。以前はね、親を殺したら死刑か無期懲役しかなかったんだよ(*注3)。それだと、情状酌量で精一杯減刑しても執行猶予がつけられないから、実刑で、即、刑務所に行くしかないの(*注4)。 だけど、殺されて当然の親だっているんだぜ。親殺しだからって重罪になるなんて、その方が理不尽じゃないか。だから、ある事件をきっかけに改正されたんだよ。
 
妻    何よ、その事件って。
 
夫    ひどい親父がいてさ、娘に子どもを5人も産ませて・・・
 
妻    エー?!
 
夫    そのうち娘が出て行きたいって言ったら逆上しちゃってさ、10日間も監禁して虐待したんだよ。
 
妻    それって地獄よねー。で、どうなったの? そのまま娘を殺しちゃったの?
 
夫    逆だよ。思い余った娘が、親父を殺しちゃったんだよ。
 
妻    何も殺さなくたって・・・説得するとか逃げるとか警察を呼ぶとか、できなかったの?
 
夫    そんな当たり前のことが通る親父なら、こんな事件にならないよ。 結局、親も子どもも同じ人間なんだから、親が子どもを殺した場合も、子どもが親を殺した場合も、同じように扱われるべきだろ。それが一人の人間として、同じように尊重されるってことなんだよ(*注5)。
 
妻    でも・・・やっぱりだめよ。親だもん。親を殺すのと、他人を殺すのは違うと思うわ。

(続く)

*注1
 ヒッキー コモラーともいう。引きこもりのこと。
*注2
 刑法199条の文言。 
*注3
 刑法旧200条、尊属殺人罪。  尊属等に対する殺人を重く処罰する同条の目的は正当であるが、刑の加重の程度が甚だしく、憲法14条1項に反するとして、平成7年改正により削除された。
「尊属」とは、血族(血縁関係にある者)のうち、自分より上のものをいう(父母、祖父母など)。しかし、刑法200条は、尊属だけではなく配偶者の尊属に対する殺人をも処罰対象としていた。
* 注4
 執行猶予(有罪であるが、刑の執行を一定期間見合わせること)は懲役3年以下の刑にしかつけられない。
* 注5
 憲法14条1項(法の下の平等、平等原則)

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