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パートへの厚生年金の適用拡大について

一、はじめに

 現在、パートタイムで働く方(以下、パートタイマーと称します)のうち、週30時間以上働く人には厚生年金制度が適用されます。以前は、パートタイマーには厚生年金制度は適用されませんでした。しかし、パートタイマーが急増したことをうけて、1980年に厚生年金の加入基準が設けられ、パートタイマーにも厚生年金が適用されることになりました。
もっとも、加入基準は法律等で定められているわけではなく、行政機関の内部文書で基準が示され、それが現在でも慣例として適用されています。ここで示された加入基準は、正社員のおおむね4分の3以上の労働時間・日数のパートタイマーに適用するというものでした。多くの会社で正社員の労働時間が週40時間とされていたことから、適用されるパートタイマーは労働時間が週30時間以上というのが基準になりました。
加入基準が示されてから約27年が経過し、その加入基準を変更しようという動きが現在があります。これは、安倍前首相が打ち上げた「再チャレンジ支援策」の一環としてパートへの厚生年金制度の適用範囲を拡大しようというものです。現在検討されている案は、(1)労働時間が週20時間以上、(2)月収が9万8000円以上、(3)勤続1年以上または1年以上となる見込みがあるパートタイマーに適用するというものです。
この改正案については、賛否両論が激しく対立しています。厚生年金の適用を拡大することには、メリット・デメリットがあります。そこで、今回は、パートタイマーへの厚生年金の適用拡大について考えてみたいと思います。

二、年金協定

 日本の会社に働く人が外国に転勤すると、日本の厚生年金と転勤先の国の公的年金の両方に加入する必要があります。同じように、外国の企業に勤める人が日本に転勤で赴任すると、母国の公的年金と日本の公的年金の両方に加入する必要があります。つまり、サラリーマンの方が海外転勤すると母国の公的年金と転勤先の公的年金に二重加入する必要があるわけです。これは、国際的に公的年金制度が属地主義で派遣先の国で強制適用になるため、派遣先の国の公的年金に加入せざるを得ません。しかし、一時的な海外赴任ですと派遣先の公的年金の受給権が発生しません。一方、海外転勤での海外赴任は一時的な勤務ですので、海外赴任期間中母国の公的年金を適用除外にしてしまうと、将来の年金給付額が減ってしまう虞があります。そこで、このように、派遣先の年金と母国の年金の二重加入にならざるを得ないわけです。
 二重加入の問題を解決するために、日本は諸外国と年金協定を結んでいます。年金協定とは、平たくいえば、日本人が海外に赴任しているときは、赴任先の国の年金にだけ加入し、日本の厚生年金には加入しないで、日本に帰国するときに、派遣先の国の公的年金の記録と資金を日本の厚生年金につなぐという協定です。もちろん、年金協定先の国の人が日本に転勤で赴任したときは、日本の厚生年金にだけ加入して母国の公的年金を適用除外にします。そして、母国に帰国するときに日本の厚生年金の記録と資金を母国の公的年金につなぎます。これにより、海外転勤の場合の公的年金の二重加入が解消されるわけです。
 外国の企業がアジアに拠点を設けようと考えたときに、日本以外の国とは年金協定が結ばれていて、日本とは年金協定が結ばれていない場合、仮に物価水準や賃金水準が同じ程度であったとしても、年金協定の有無で実質的な賃金が約12%変わってきます。同じように日本の企業が海外に拠点を設ける場合に年金協定の有無により、実質的な賃金額が大きく変わります。すると年金協定がない国に拠点を設けるよりは年金協定が締結された国に拠点を設ける方が有利になります。国際社会で企業が生き残るためには、年金協定の有無は非常に重要になります。年金協定の締結が遅れると国際社会から取り残されかねません。日本を始め諸外国はいろいろな国と年金協定を締結しようと努力しています。
 年金協定を締結するためには、国民年金第3号被保険者の制度を国際水準に合わす必要があります。国際的には第3号被保険者の認定基準は年収ベースで60万円から70万円です。これを労働時間に換算すると週20時間ぐらいとなります。つまり、日本が貿易立国として国際社会で活躍していくためには、年金協定を諸外国と締結する必要があり、そのためには、厚生年金の適用基準を週30時間から週20時間にする必要があるわけです。

三、厚生年金制度

では、厚生年金制度とはどのようなものでしょうか。会社員として働いている方には馴染み深い制度といえますが、それ以外の方にとってはあまり身近な制度であるとはいえません。そこで、厚生年金制度とはどのようなものかを概観してみましょう。
厚生年金とは、民間のサラリーマンなど一定の事業所に使用される労働者を被保険者とし、被用者やその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする社会保険制度です。厚生年金に加入していると、被保険者が老齢になった場合や病気やけがで障害を負った場合および死亡した場合に、年金が支給されます。
厚生年金は、満20歳以上の人に加入が強制される国民年金と同時に加入するものですから、両方に加入している人は、両年金が併給されることになります。つまり、厚生年金に加入すれば、より多くの年金給付を受けることができます。国民年金の保険料は全額被保険者負担であるのに対して、厚生年金の保険料は事業主が半分負担しますから、被保険者は保険料の残りの半分を負担すればよいことになります。

四、公的年金の財源

 国民年金の財源は国庫負担(3分の1)と保険料です。保険料は、第1号被保険者は直接納めます。第2号被保険者(厚生年金の被保険者等)と第3号被保険者(会社員等の配偶者)は厚生年金から基礎年金拠出金として第2号被保険者と第3号被保険者の分をまとめて支払われます
 厚生年金の保険料は、会社と被保険者(会社員)が折半負担します。保険料はお給料や賞与に応じて支払われます。配偶者がいる方といない方で保険料が変わることはありません。
厚生年金の保険料は、厚生労働大臣の委託を受けて年金積立金管理運用独立行政法人によって管理・運用されています。管理・運用によって得た利益は、国庫に納入されます。
厚生労働省年金局が発表した厚生年金の平成17年度末財源収支状況では、同独立行政法人の運用によって得た利益は、約1兆8300億円です。これに対して、平成17年度末の年金積立金は、運用利益を含めても前年度末と比べて約5兆2600億円のマイナスになっています。『このような巨額な減損が続けば、将来年金財源が枯渇し年金支給が受けられなくなるのではないかと不安になります。』という意見がありますが、保険料の積立金は最大で保険給付の約6年分ありました。将来の赤字に備えて過去に積み立てたものです。今後少子高齢化が進む過程で、積立金を少しずつ取り崩していき、約100年後に保険給付の約1年分にする予定です。
 パートタイマーへの厚生年金の適用拡大を、厚生年金財政から考えると、国民年金第3号被保険者の方が、厚生年金に加入し国民年金第2号被保険者となる場合は、第3号被保険者が1名減り、第2号被保険者が1名増えるわけですから、国民年金の第2号被保険者と第3号被保険者の合計数は変わりません。従って、基礎年金拠出金の額は変わりませんので、適用拡大により厚生年金保険料が増える分だけ保険料収入が純増となります。しかし、保険料収入は将来の給付を伴います。10万円程度のお給料での厚生年金加入は、将来の給付を考察すると実質的に赤字になります。これは、年間収入の多い人に高い保険料を納めてもらうことにより、年間収入の低い人に手厚い厚生年金を支給する仕組みになっているからです。国民年金第1号被保険者が厚生年金に加入する場合は、この傾向がもっと顕著になります。国民年金第2号被保険者が1名増えるわけですから、基礎年金拠出金が1名分増えます。従って、厚生年金財政からパートタイマーへの厚生年金適用拡大をみると赤字になるだけです。

五、厚生年金の適用拡大のメリット

厚生年金の適用が拡大されれば、より多くのパートタイマーが厚生年金を受け取ることができるようになります。これによって、正社員とパートタイマーの年金支給格差が縮減されることになります。たとえば老齢年金についてみてみると、国民年金のみに加入している人には、月額約6万6000円支給されます。国民年金の保険料月額は14,100円(平成19年度)ですから、同じ保険料(厚生年金の19万円等級:保険料14,246円)で厚生年金に加入したとして試算をすると、厚生年金に加入した期間が40年である場合、厚生年金は月額約5万7000円支給されます。これに国民年金月額分約6万6000円を合算した約12万3000円が被保険者に毎月支給されることになります。実際の正社員の方のお給料はもう少し高いので、もう少し高い保険料を支払ってもう少し多い年金を受け取ることになります。このように、厚生年金加入者と未加入者とでは大きな年金支給格差が生じます。
厚生年金の適用基準が、週30時間以上から週20時間以上に変更されると、現在よりも約300万人もの多くのパートタイマーが厚生年金の適用を受けることになります。つまり、300万人の方の将来の年金額が増加することになります。将来の年金の受給額が増えるということは、将来のシルバー層の生活の安定とともに購買力の向上にもつながります。現在の景気の牽引車がシルバー層であるようにシルバー層の年金額の確保は日本全体でみると景気の安定につながります。
パートタイマーといえども、正社員と同じぐらいの労働条件と責任をもって働いている方がたくさんおられます。会社に対する貢献度が正社員とパートタイマーとの間で非常に近似している場合、年金支給額の格差はあまりにも不合理といえるのではないでしょうか。パートタイマーへの厚生年金適用が拡大すれば、この支給格差が縮減しパートタイマーの労働者としての地位も向上することが期待できます。

六、厚生年金の適用拡大のデメリット

パートタイマーへの厚生年金の適用拡大にデメリットがあることも確かです。厚生年金に加入するためには、その保険料を負担する必要があります。パートタイマーの月収が低いことを考えると、事業主が保険料の半分を負担するとはいえ、非常に重い負担になると考えられます。厚生年金に加入すれば、健康保険も自ら負担しなければならなくなります。今まで扶養家族として健康保険を利用できた人も、自ら健康保険料を納めなければならなくなります。たとえば、月収10万円の35歳のパートタイマーが厚生年金に加入すると、厚生年金保険料として月7,348円、健康保険料として月4,018円の合計11,366円を負担することになります。国民年金第3号被保険者の方は毎月11,366円負担増となります。パートタイム労働のみの収入で生計を立てている方にとっては、負担が重すぎるようにみえますが、パートタイム労働のみの収入で生計を立てている人(国民年金第1号被保険者)は、国民年金と国民健康保険に加入しています。厚生年金と健康保険に加入するということは、国民年金と国民健康保険の保険料負担がなくなります。国民年金は月額14,100円(平成19年度)、国民健康保険は市町村によって保険料が異なります。しかし、国民年金の保険料を払わなくてよくなるだけでも、厚生年金と健康保険の保険料の合計額より2,734円も負担が少なくなります。これに国民健康保険の保険料を負担しなくてもよくなるのですから、かなり負担が軽くなります。
厚生年金の適用拡大は、事業主にとっても大きな負担増になります。事業主は、月収10万円のパートタイマー1名を雇うと、厚生年金保険料として月7,348円、健康保険料として月4,018円と児童手当拠出金127円の合計11,493円を負担しなければならなくなります。パートタイマーを多く雇っている会社にとっては、非常に重い負担になります。中小企業にとっては死活問題になりかねません。厚生年金の適用が拡大されても、会社が倒産すれば適用拡大をした意味が失われてしまいます。

七、厚生年金の適用をどのようにすべきか

このようにパートタイマーへの厚生年金の適用拡大にはメリット・デメリットがあります。厚生年金は、公的年金制度であるので、適用されると保険料が給料から天引きされ強制的に徴収されることになります。適用要件に該当するパートタイマーは、個人的事情に関係なく保険料を納めなければなりません。一般的に、週30時間以上働いているパートタイマーに比べて、週20時間以上30時間未満しか働いていない方の収入は少ないといえます。適用が拡大されると、多くの低収入者が厚生年金保険料を負担しなければならなくなります。国民年金第3号被保険者の方は負担が増えます。パートタイム労働のみの収入の方は負担が減ります。
日本経済の今後を考えると、年金協定の関係でパートタイマーへの適用拡大をせざるを得ません。その結果、国際展開をする大企業やその関係会社は保険料負担が少なくなります。しかし、国内の中小零細企業で、パートタイマーの比率の高い企業は大きな負担増になります。
そこで、一方においては、厚生年金の適用基準を現在の「週30時間以上」のままにしておくという考え方があります。しかし、適用要件に該当しないパートタイマーでも厚生年金に加入したい方がおられると思います。現状では、その方が厚生年金に加入することはできませんから、何らかの配慮をする必要があるように思えます。
他方、改正案のように厚生年金の適用範囲を拡大すべきであるという考えもあります。パートタイマーが著しく増加していること、パートタイマーにも正社員と同様の責任が課されていることを考えると、パートタイマーにも正社員と同じ社会保障を受ける権利があるといえます。しかし、適用を拡大すれば低所得者までも対象になり、生計を圧迫する危険性があります。また、中小企業の負担増も深刻な問題を生じさせます。
厚生年金の適用を拡大するが、拡大部分については任意加入にするという考え方も成り立つかもしれません。これによれば、適用要件に該当するパートタイマーは、将来の保障のために厚生年金に加入することや、現在の生活を維持するために加入しないという選択をすることもできます。しかし、同条件で働いているパートタイマー間で年金格差が生じてしまう可能性があります。また、会社が負担増を避けるため、厚生年金加入希望者を雇わないということにもつながりかねません。
このように、パートタイマーへの厚生年金の適用拡大には困難な問題が多く生じます。皆様はどのようにお考えになりますか。

皆様のご意見をお聞かせ下さい。アンケートに答えていただき、意見もどんどんお書き下さい。

パートへの厚生年金の適用拡大について
  1. 厚生年金の適用基準を現状の週30時間以上の労働時間を維持すべきである
  2. 厚生年金の適用基準を改正して適用範囲を拡大し週20時間以上の労働時間とし、強制加入とすべきである
  3. 厚生年金の適用基準を改正して適用範囲を拡大し週20時間以上の労働時間とし、任意加入とすべきである

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