サイト内検索:

アスペルガー障害 第十二回

 検察側は、「殺人行為時に心神耗弱状態にあった」という鑑定人の意見もさることながら、「死体損壊時に責任能力がなかった」とする意見には、動揺を隠せなかった。
  殺害して死体を遺棄・損壊した場合、殺人と死体遺棄・損壊はある意味で一連の行為といえる。死体遺棄や損壊行為の態様は、「犯情」として、殺人罪の量刑に影響する。
  たとえば、殺人を犯した後、その死体を傷つけないように埋めたという場合と、犯行の露見を恐れてガソリンで焼いたり、解体して方々に隠す場合とは、殺人罪の量刑に大きな差が出るといわざるを得ないのだ。犯罪行為後の態様は、犯罪行為自体の悪性如何を物語る。
  本件においても、被告人の死体損壊行為の残忍さは、殺人に対する量刑判断に影響し(殺人罪の法定刑は懲役5年から死刑にわたる)、当然のことながら殺人罪の刑を重くするはずであった。

 検察側は、「再鑑定請求も視野に入れて検討したい」と鑑定人意見に対する不信感をあらわにする一方、鑑定人に対する尋問で、死体損壊時の責任能力についての鑑定人の判断を揺るがそうとした。
  殺人行為時も死体損壊時も被告人の記憶はほぼ失われている、としながら、前者は逆行性健忘によるもので、後者は解離性と判断された理由は? 解離性障害と仮定しなくても、死体損壊行為の詳細に記憶がないことは説明できないのか? 供述調書には、殺害行為の直接の動機となった被害者の悪口雑言について、被告人の記憶が記載されているが、これは被告人が犯行につき記憶があったといえないのか?・・・・
  しかし、検察側の反論は、裁判所の判断を覆すには至らなかった。

主文

 被告人を懲役10年に処する。未決勾留日数中250日をその刑に算入する。
  公訴事実のうち、死体損壊の点については無罪。

理由

 紘一被告は、平成・・年12月30日、京都市・・区の料亭花月京都店付属の居室において、竜子さんに対し、殺意を持って、その背中に包丁を突き刺した。さらに浴槽内の水中に顔面を沈める状態にし、竜子さんを窒息により死亡させた。
  ・・・責任能力に関する判断についてのべると、幡谷 誠医師は精神科医としての経歴、専門分野、臨床経験などに照らし、鑑定事項に関する紘一被告の精神鑑定に適任の専門家であったと認められる。その鑑定の手法や判断方法にも不合理な点は認められないから、幡谷鑑定は十分に信頼できる。
  検察官は、幡谷鑑定が「信用性の高い捜査段階の紘一被告の供述を判断資料から除外し、その内容とかけ離れた独自の問診結果を資料としており、前提条件が誤っていて、このことが責任能力の判断にも重大な影響を及ぼす」などと主張する。
  精神鑑定で「心神喪失」との意見が出されたからといって、裁判官はその通りに認定しなければならないのではない。それは、責任能力の判定はあくまで法律判断だからであるが、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,その意見を十分に尊重して認定すべきである。・・・

(了)

«「アスペルガー障害」 第十一回 | 目次 |

ページトップへ