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娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第九回

 「―柏木さんのお宅か?」

 しわがれた、初老らしい男の声だった。声に荒んだ響きがあった。
  またいたずら電話なのだろうか。

 「そうですが」
  「初めてお電話させていただく。今、少しお時間を拝借したいが」

 丁重な物言いである。いたずらではないようだ。

 「実は、他でもない。娘さんのことで、ちょっとお話したいことがある」
  「・・・どういうことですか?」
  「私はー人探しを専門にしておる者じゃ」

 私は用心して黙っていた。

 「元刑事だったが、警察組織のあり方に矛盾を感じ、野に下った。人様のお役に立てると思い、職を辞したのじゃ」
  「・・・」
  「いや、警戒なさるのは無理もない。きっと大変な目に遭われておられるじゃろうからな。被害者に対して、世間は冷たいものじゃ」

 老人の言うことは私の心中そのままであった。あの腐りきった組織の中にも、被害者のために働きたいと良心を抱く人がいても不思議はない。
  しかし、皆自分が可愛いはずである。なぜ安定した職を辞めたのだろうか。

 「ご安心なされ、クビになどなったのではない。私の生家は信州の方の寺で、食うには困らんのじゃ。この不景気にすまんことだが」

 たしかに、寺社方の懐具合は世間とは違う。家賃は要らず、税金も納めなくてよいのだ。道楽もできるだろう。

 「地元の役所から、代替わりがするまで―父が亡くなるまでということですな―お勤めくださいと勧められたのじゃ。寺の息子なら間違いがないというわけでな。
今は知らんが、私が若いころはそんな慣わしじゃった」
  「そうでしたか」

 男は案外に張りのある声で笑った。

 「いや、やっと返事をしていただけたな」
  「―失礼しました。おっしゃったとおり、ほとほとひどい目に遭っておりますもので」
  「いや、そんなものじゃ。人の心ほど分からないものはない。下手をすると、家族でもアテにならんからな」

  その通りだ。私も妻と息子に背かれ、一人孤立している。

 「―それで、ご用件は何でしょうか」
  「ズバリ申し上げるが、私なら娘さんを探すことができる。その自信とノウハウがある」
  「・・・しかし、警察が3年探せないでいるのです。いや、私も頑張りましたが、・・・」

 男は私の言葉を遮った。

 「警察だから探せないのじゃ。腕のいい刑事がいても、組織に縛られて動けんのじゃ。
   それから、失礼だが、あなたがいくら頑張っても見つかるわけがない。人探しには特殊な能力と人脈を必要とするのじゃ。なめられては困る」

 男は気分を害したように呟いた。私は慌てた。

 「いやいや、そんな意味ではありません。私は素人なので、お聞き流しください」
  「―実は、私は信州から出てきて、神戸におる。お気持ちがないのだったら、ここに用はない」
  「神戸に来ておられるのですか?」
  「あなたのおかれた窮状を思うと、矢も盾も堪らなくなったのじゃ。娘さんが姿を消されて、もうすぐ4年か・・・。もう頃合じゃろう」

 私は聞きとがめた。「もう頃合」とはどういうことだ?
  老人は含み笑いをした。

 「実を言うと、私には心当たりがあるのじゃ。娘さんは生きておられますぞ」

(続く)

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