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娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第十四回

 職場に着くと、用意してあった辞表を提出した。上司は何も言わず、哀れむように私を見つめる。
  高田と会って以来、私の勤務態度が変わったことは、職場で話題になっていた。同期の出世頭と見られていたのに、遅刻早退を繰り返し、無断欠勤も度々するようになったのだ。
  たとえば、出勤前に高田から連絡があり、「犯人が急に会いたいと言い出した」という。私は躊躇なく仕事を休み、Pホテルのロビーに駆けつけた。犯人は姿を現さなかったが、私は何度でも出かけていった。

 ―上司に一礼して自席に戻った。あの上司も4年前には私の部下だったのだ。悔しくないとはいわない。だが、もうどうでもよくなっていた。

 私物をまとめて役所を出た。北風が吹いていた。今年もあと2ヶ月で終わる。
  コートの襟を立てると、私は高田の元へ向かった。

 それから3日後、高田とPホテルのロビーにいたところ、職務質問を受けた。妻が被害届を出していたのだ。
  高田は任意同行を求められ、3人の警官に連れられていった。そしてまもなく詐欺容疑で逮捕され、起訴された。
  私は被害者として、検事に事情聴取を受けた。高田の犯行は被害者の心情に付け込んだ悪質極まりないもので、10年の求刑通りの判決が予想されるという。検事は自信満々のようだった。
  私は証人として協力を求められた。しかし、出廷するつもりはない。
  どうしてか―? あなたには分かるまい。

 ―高田は私の恩人だから。娘が生きているという夢を、この世でただ一人見せてくれた、私の恩人なのだから。

判決

主文
被告を懲役10年に処する。
未決拘留日数中320日をその刑に参入する。
量刑の理由
  1. 本件は、被告人が、被害者である柏木孝夫・操夫婦に対し、2000年7月失踪行方知れずになっている同夫婦の長女・真帆ちゃん(当時3歳)の居所を発見することができる旨申し向け、その方法も能力もないことを知りながら、同夫婦をして長女の居所を発見できるとの錯誤に陥らせ、それにかかる費用として4年半にわたり総額7000万円を搾取したという事案である。
  2. ・・被告人は2004年4月、被害者宅に電話し、「自分は元刑事であり、失踪者を探すプロである。誘拐犯人にも心当たりがある」と持ちかけ、「真帆ちゃんを助けるにはそれなりの費用が必要」として10万円を搾取した。
      また、真帆ちゃんを装って家族に電話するなどして信用させ、「真帆ちゃんは犯人の元にいるが、十分な世話はされておらず、学校にも行っていない、生活費や学習費を送る必要がある」と言い、真帆ちゃんの生活費等を名目に、前後26回にわたり5940万円を騙し取った。
      さらに、誘拐犯人が真帆ちゃんのわいせつな映像を撮影したとして、「マザーテープを買い取れと言っている」として1000万円を搾取した。
    ・・・その結果、父親は被告人に支払う金員を捻出するため、所有する自宅土地家屋に抵当権を設定し、退職金を受け取る為に職を辞し、さらに長男の学資保険まで解約するなど、経済的破綻を余儀なくされたものである・・・。
      このような結果の重大性、子供の生存を信じてやまない親の心情に付け込んだ犯行の悪質さ、4年半26回にわたり7000万円という多額の金員を搾取した犯行態様を考慮すれば、被告人に対してはその重い責任に見合った刑に処するほかはなく、懲役10年に処するのが相当である。
    よって、主分の通り判決する。

(了)

「小説で読むおもしろい判例」は今回をもって終了となります

 2008年6月よりスタートし、これまで全10話・80回にわたってお送りしてきた「小説で読むおもしろい判例」ですが、今回をもって終了となります。
報道では、ほんの数行で扱われる事件であっても、背景となる事情は非常に奥深いものがあります。本連載では、裁判員制度の対象となる事件を題材に、裁判の場で現れる「生の事実」がどのようなものであるのかを、小説という形式でお伝えしてきました。そうした様々な事実の中で、裁判において何が問題となり、裁判所がどのように判断したのか、裁判員制度の理解を深めるうえで、少しでも皆様のお役に立てたのであれば幸いです。

 「法、納得!どっとこむ」では、「裁判員のための一口判例解説」や「法律用語」など他にも様々な法律コンテンツを提供しております。今後ともご愛読のほど、よろしくお願いいたします。

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