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消費者契約法と企業の対応 (4)

 前回までは、消費者保護法制の移り変わりと、消費者契約法が制定されたことの意味について見て来ました。
 今回は、消費者契約法のベースの考えとなっている「契約締結上の信義則」という契約交渉過程における当事者の義務の問題について概観し、それと消費者契約法の制定との関係及び消費者取消権の意義について見ることにします。

3.契約締結過程の「信義則」と消費者契約法

1) 一般契約における契約過程の規制 ?従来の考え方?

 契約は意思(表示)の合致によって成立する、というのが近代民法の原則です。
 そして、この意思表示理論と契約自由の原則の理論が結びつき、契約締結の意思の合致がなされないうちは、何も合意されていないのだから、当事者間においても何ら権利義務などの効力を発生させるものではない、と考えられてきました。

 しかし、昭和の終わりころから、いまだ契約が締結されていないにも拘わらず、一定の責任が当事者にあることを前提にし、その義務違反による損害賠償を認めるといった裁判例が相次いで出されるようになって来ました。

2) 契約の不当破棄に対する信義則上の義務違反

 例えば、マンションの一室を診療所として購入することを検討していた歯科医が、確実に購入するというような信用(信頼感)を売主の不動産屋に与え、その結果、売主が電気容量を増やすなどの工事を行ったにも拘わらず、歯科医がその契約の締結を拒否した、という事案では、「契約準備段階における信義則上の注意義務違反があった」として、歯科医に損害賠償義務があることを認めました。

 また、企業の合弁契約の締結交渉において、双方が合弁事業の実行地である外国に事務所を構えて調査を行ったり、弁護士を起用して当地の営業権取得のための働きかけなどを行っていたにも拘わらず、もう一方の合弁当事者である商社が合弁契約の締結を最後の最後で拒否したという事案で、商社が拒否した理由がたとえ市況の急激な急落によるものであるとしても、「信義則上、契約締結を拒否する正当な理由にはならない」としたものもあります。
 特に、会社においては、最終的に会社の取締役会や常務会といった役員会において最終的な決定がなされることになっていますが、最終決定で覆るかもしれない、ということを黙っていたとか、最終的な決定について太鼓判を押していたような場合には、相手方の信頼を保護すべきであるという判断がされやすいと言えるでしょう。

3) 契約締結過程における説明義務違反

 さらに、契約締結過程における情報提供義務というものを認め、その義務違反を肯定したものがあります。それは、フランチャイズ契約におけるフランチャイザー(以下「本部」と言います)の義務です。
 フランチャイズ契約においては、これから営業をしようとするフランチャイジー(以下「加盟者」といいます)は、本部の契約に拘束されざるを得ない立場にあるうえ、加盟者が契約を締結するかどうかを決定する上では、本部の行った市場調査の結果や、売上予測に基づく経営計画書などの情報に、その多くを依存していると言えます。
 このように、本部と加盟者の間には多大な情報格差があるような場合は、情報強者である本部には加盟者が契約締結をするかどうかの判断を誤らせないように、適正な情報を提供する信義則上の義務がある、とされました。

 この例では、平等な力を持った当事者ではない言わば「格差のある当事者間」では、信義則上の義務として、情報格差を是正し「実質的に対等な当事者」による契約交渉の実現を図るための「情報提供・助言義務」がある、とされたことが特徴的です。

4) 評価

 このように、ここ20年くらいで、通常の契約過程においても、契約締結に至るまでの交渉時には、相手方のそれまでの交渉結果に対する信頼を保護するためや、情報格差を是正して真に対等な当事者による交渉を実現させるために、契約締結前においても、何らかの義務があることが判例によって確立されてきました。


4.消費者契約法と契約過程上の信義則との関係

1) 交渉過程の信義誠実義務の消費者契約法への波及

 上記のような契約交渉過程における信義則を重視する方向は、消費者契約法の制定にも大きな影響を与えました。

 つまり、消費者契約法における消費者取消権は、契約締結過程において、事業者が不実なことを言ったり、知識のない消費者に断定的な判断を伝えたりするなどによって不誠実な行為を行った場合、あるいは、消費者に不利益な事実があるにも拘わらずそれを告げないといった場合などを取り消しの対象としているのであり、これは上記でいう「情報提供・助言義務」に違反するものと考えられるからです。

 従って、純粋に理論的に考えれば、消費者契約法の制定を待つまでもなく、消費者が契約締結過程において事業者に信義則上の義務違反がある場合には、その違反による損害賠償を請求できる、ということになります。
 しかしながら、全てを裁判で主張しなければならないとすると、それは事実上消費者保護を放棄したに等しくなります。

 そこで、消費者契約法を制定し、類型的に事業者に義務違反があったと言える場合には、厳密な証明がなされなくても、消費者の方から一方的に取り消す権利を認めるに至ったと考えることが出来ると思います。

2) 消費者取消権を主張することの問題点

 但し、この消費者取消権の採用は、必ずしも消費者に有利であるとは限りません。何故ならば、そこに流れている思想は、事業者が手続きの上で不公正なことをしないことを要求しているだけで、内容の適正を法は保障してはいないからです。
 また、クーリングオフのように全く理由もなく消費者の解約権を認めるのではなく、消費者の方から取消原因となるような事業者の不公正行為の存在を主張立証していかなければならないからです。

 さらに言えば、消費者は契約締結過程において、事業者からの適正な情報提供を受けたという事実、つまり手続き的に適正だったという事実があれば、結果的に契約自体が事業者に有利で消費者に不利なものであっても、消費者は文句を言えなくなる可能性がある、ということになってしまうのです。

 これは消費者を何時までも保護の客体としてではなく、契約当事者として一人前に扱う、という「自己責任」を課したものとも言えると思います。
 従って、消費者としては、事業者から情報の開示を受ける際には、きちんとそれを見極める力が要求されており、またそれを権利として主張していかなかければ保護が与えられないという意味で、消費者のある程度の「自立」が促されているとると言えます。


 次回は、最終回として、上述のような権利主張型・手続保証型の消費者取消権の制度に対して、企業サイドから、どのような対策を講じるべきなのか、その基本的な考え方について具体的に考えてみたいと思います。

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