サイト内検索:

娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第三回

 夏の日本海は群青色に輝いていた。空には入道雲が悠然と屹立している。
  「パパ、ほら見て!白鷺がいるの!」
  車窓に迫る濃緑の山肌を指さして、真帆が大声を上げた。
  「ほら、見て見て!」
  真帆は、旅行に出た嬉しさを、全身に溢れさせていた。見るもの聞くものが、初めてのものばかりなのだ。
   隣の隆はうんざりした様子である。
  「ちょっとは静かにしろよ、出発したばかりなんだぜ。それに白鷺なんか、どこにでもいるじゃんか」
  「お兄ちゃんは黙ってて。真帆はパパに言ってるの!」
  「ふん、そのうち疲れて駄々コネだすんだからな」
  しばらくすると、隆の言うとおり、はしゃぎすぎた真帆は「冷たいジュースが飲みたい」とごね出した。
  水筒の冷水を与えても、「シュワッとしたのがいい」と言って聞かない。炭酸入りのジュースが飲みたいらしい。
  「困ったわね、近くに道の駅かなんかないかしら。おしっこもさせないといけないし」
  ナビで探したところ、10分ほどの所にYという道の駅があるらしい。予定のルートからは外れるが、そこでいったん小休止をとることにした。

 山沿いのドライブウェイから道の駅へ降りると、駐車場は家族連れで賑わっていた。脇の木陰で一休みしたり、弁当を広げる者もある。
  「パパも一緒に行こうよ」
  建物内では、近郊で採れた農作物やキノコなどが販売されている。ガラス越しに見た様子では、かなり混雑している。私は中へ入るのが億劫になった。
  「パパはこの辺にいるよ」
  「つまんないのー」
  真帆は妻に連れられて、建物の中に入っていった。
  私と隆はベンチに腰掛けた。夏の日差しが焼きつけるようだ。
  「パパ、女ってメンドーだね。オレ、男でよかったな」
  私は苦笑した。
  「そんなこと言ってると、女の子にモテないぞ」
  「いいよ、モテなくたって」
   ―どれほどそうしていただろう。
  背中を汗が流れていく。蝉の声が喧しかった。私と隆は所在なくその声を聞いていた。道の駅の販売所から妻の細い体が小走りに出てくるのが、遠目に陽炎のように見えた。
  「真帆は?」妻は息をはずませていた。
  「戻ってないよ」
  「ジュース持って、パパに渡すんだって、・・・走っていったのよ」妻の顔はこわばっていた。
  「車が分からなくなったんじゃないか?」
  「これだから嫌なんだよ、女って」
  「黙りなさい!」
  隆は母の思いがけない叱責にハッとしたようだ。
  駐車場は見渡せるほどの広さしかない。停まっている自動車は30台ほど。真帆の希望で赤にした車体を、見間違おうはずはない。
  「・・・トイレかしら、私、もう一回見てくる。パパはここにいて」
  「オレも探すよ」隆は建物脇の便所へ駆け出して行った。そのあとを妻が追っていった。
  妻は「もう一回」と言った。トイレにもいなかったのだ。
  私は我知らず身体を震わせ、「マホー!」と声を上げていた。近くの家族連れが怪訝そうな視線を投げる。
  道の駅の事務所に駆け込み、事情を話して迷子の呼び出しをしてもらった。
  「神戸市からお越しの、3歳の女の子、お名前は柏木真帆ちゃん・・・赤い上着にスカート、キティちゃんの運動靴を履いています・・・」
  呼び出しは何度も繰り返された。いたたまれなくなり、自販機コーナー周辺、販売所の荷物置き場まで探した。駐車場の人々にも聞いて回った。
  真帆の姿はどこにもなかった。

(続く)

«「娘を探して」 第二回 | 目次 | 「娘を探して」 第四回 »

ページトップへ