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娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第五回

 付近には二、三のホテルがあったが、夏休み最初の土曜日ということもあって、どこも満室であるという。警察の紹介で、近所の農家が夏の間だけ開業している民宿に泊まることになった。
  警察から連絡があったのだろう、宿の玄関には灯りがともり、賄いの老婆が鍵を開けて待っていてくれた。

 「すまんなぁ、もう片付けてしもうたもんで。握り飯と味噌汁くらいしかできんがな」
  「十分です、それで。・・・夜分に申し訳ありません」
  「すぐに持ってくるでな」

 便所脇の古びた四畳半に通された。畳はささくれ、襖は破れている。
  しかし座れるだけでもありがたい。老婆が下がるや、妻と隆は無言で座り込んでしまった。よほど疲れているのだろう。
  本当ならば今頃は、温泉の外湯巡りをして、海の幸に舌鼓を打っているはずなのに。そうだ、予約した旅館にキャンセルの電話をしなければならない。
  真帆に本物の和室を見せてやりたくて、無理をして取った、名旅館の特別室であった。真帆は本当に楽しみにしていた。自分からどこかに行くなんてありえない。
  老婆が夜食を持ってきてくれた。握り飯が一人2個づつ、味噌汁に香の物が添えてある。

 「刺身が少しあったけんど、あがるかな?」
  「すみません。息子に出してやってくださいませんか」
  「わかった、ボン、ちょっと待ってておくれな」

 老婆は声を落として言った。

 「聞いただよ。大変だったなぁ」

 思わず胸が詰まった。真帆が姿を消してから初めて、温かい言葉を掛けてもらえたと思った。涙が吹き上がるようにあふれてきた。

 「―すみません、すみません・・・」

 何に謝ったのか、自分でも分からない。ただただ、申し訳ないという気持ちで一杯だった。許してほしかった。そして真帆を返してほしかった。誰が連れて行ったのか。一体どこに、誰といるのだろう。
  妻と隆は黙したままだ。それぞれに思いがあるが、言葉にならないのだ。妻はショックのあまり、顔の相が変わってしまっている。
  私は二人を励ますように言った。

 「さぁ、とにかく食べよう」

 粗末な膳に向かったが、妻は箸さえ取ろうとしない。ただ黙って俯いている。

 「おい、ちょっとでも食べたほうがいいぞ」
  「ママ、食べようよ」

 妻はすすり泣きはじめた。

 「・・・」

 どうしてこんなことになったのか。私たちが何をしたというのだろう。

 「ママ、泣かないで。真帆きっと出てくるよ、明日になったら出てくるよ」

 隆も泣きながら言った。

 「大丈夫だよ、絶対大丈夫だよ」

 老婆が布団を引いてくれたが、妻は横になろうともせず、夜通し泣いていた。
  私も寝られなかった。暗闇で携帯電話を握り締め、明け方まで警察からの連絡を待った。
  真帆はきっと、何かの拍子に駐車場から迷い出てしまったのだ。今頃はどこかで保護されているにちがいない。明日になったら、善意の人が警察に連れてきてくれる。
  「パパー、寂しかったよー」と言いながら、駆け寄ってくる。そしたらすぐに温泉に直行だ。抱きしめてやろう。一緒に寝てやろう・・・
  頭の中で、そんな情景が浮かんでは消えた。

(続く)

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