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第6回 契約法務会計(プリンシパル・エージェント理論その2)

 プリンシパル・エージェント理論を熟知している、あるいは経験で直感的に知っている者であるならば、以下のようにするであろう。

 ここで、『潜在購買能力』が、『低い=年間10億円』で固定し、『高い=年間20億円』で固定すると仮定する。

  1. 潜在購買能力の低い地域のエージェントが、プリンシパルに購買能力が低い高いを正確に報告した場合、年間2億円の固定給と、売上(この場合、最大10億円であるので10億円と仮定する)の10%が歩合として与えられる。
       合計2億円 + ( 10億円 × 0.1 ) = 3億円
  2. 潜在購買能力の高い地域のエージェントが、プリンシパルに購買能力が低い高いを正確に報告した場合、年間5千万円の固定給と、売上(この場合、最大20億円であるので、20億円と仮定する)の20%が歩合として与えられる。
       合計5千万円 + ( 20億円 × 0.2 ) = 4億5千万円

 では、確認してみよう。低いのに高いとエージェントが、プリンシパルに報告すると、
   10億円 × 20% = 2億円
   2億円 + 5千万円 = 2.5億円
となり、1. に比べて、5千万円の損となる。
 対して、高いのに低いとエージェントが、プリンシパルに報告すると、
   20億円 × 10% = 2億円
   2億円 + 2億円 = 4億円
となり、2. に比べて、5千万円の損となる。

 以上より、いずれにしても、正確に報告しないとエージェント側で5千万円の損失が発生するわけである。従って、エージェントは、プリンシパルに対して、ウソの報告は自発的にしなくなるというわけであるが、各地域の正確な潜在購買能力情報は、プリンシパルにとって、有用な経営戦略上の財産にもなるわけだから、この契約設計により、それが副産物として手に入るということになると、まさに一石二鳥となるわけである。

 なお、代理店契約(フランチャイズ、特約店契約等)、委託販売契約、代理商契約等を設計する場合は、上記のような管理会計的な面だけではなく、企業活動に関する法規制とりわけ、独占禁止法に留意する必要がある。
 これらの契約の契約条項で、特に独占禁止法に抵触しやすいのが、「競業業者の商品の取扱い制限条項」・「テリトリー条項(出店場所についての制限)」・「再販価格条項」等である。また、商標の取扱い、秘密保持等商標法や不正競争防止法等知財法に関する法務管理も考慮にいれて一つの頭で、総合的な契約設計を行なう必要がある。そうでなければ、契約設計にコスト・時間がかかり、またつまらない、しかし、重大な瑕疵のある契約となりやすいのである。
 法律に長けているが、経営や会計に疎い者が行なう契約設計には、コスト面や収益面にて重大な瑕疵がある可能性があり、また経営会計には長けているが、法律に疎い者が行なう契約設計には、のちに損害賠償が請求されたり、契約解除されたりあるいは犯罪となってしまったするような契約となる可能性がある。法律にも会計にも長けていない者が行なう契約設計(実務上はこのパターンが最も多いものと推測する)は、なにをかをいわんやである。
 当たり前過ぎることであるが、ビジネス契約設計者は法務会計家でなければいけない。

 この6回の連載でその一部を考察した、法務会計という新しい思考方法に関する研究は、まだ始まったばかりで、人々の認知を受けるに至ってないというのが正直なところである。今後さらに多くの方が、この思考に興味を持ち、もってさらなる進化を遂げることができたなら、多くの人々の福音となることは間違いないものと考える。
 法務会計が今よりもさらに注目され、多くの優秀な方々の協力も求め、精緻化され、しっかりとした系統化がされることを祈念したいと思う。

(終わり) 

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