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虐待の果てに ― ある幼児の死 第十一回

第11回 判決

(参考・さいたま地裁 平成18年5月10日判決)

主文

被告人を懲役9年に処する。
未決勾留日数中320日をその刑に算入する。

争点に対する判断(一部抜粋)

・・・そして、以上認定事実を総合すれば、判示犯行に至る経緯、犯行状況等で認定したとおり、被告人は、速やかに医療機関の治療を受けさせなければ、愛奈が確実に死んでしまう危機的な状態に陥っており、その原因が自分にも責任のある愛奈の虐待にあることを認識していた。また、平成16年12月上旬当時の状況として、被告人は、倫子の収入を取り上げるなどして、倫子及び愛奈の生活を管理する状況を自ら作出していたところ、愛奈は、被告人の自宅である本件ベランダ内で、動くこともできず寝たきりの状態にあり、速やかに医療機関による治療を受けさせれば救命できる可能性も高かったのに、・・・被告人としても、自分以外にはAの生命を救うことのできる者がいないことも理解していた。
さらに、被告人が、自ら医療機関に連れていき、119番通報するなどして、愛奈に医療機関による治療を受けさせることについて、特段の支障はなかったのであるから、被告人としても、愛奈に対してその救命のために速やかに医療機関による治療を受けさせるべき義務を負うに至ったと認められる。
ところが、被告人は、倫子の態度が硬く、面倒に巻き込まれたくないとの思いも手伝って、愛奈が死亡してもやむを得ないものと決意し、倫子と意思を相通じた上、あえて、倫子と共に、愛奈に対して速やかに医療機関による治療を受けさせるべき義務を怠り、愛奈をベランダ内に隔離したまま放置し続けて死亡させたものであり、被告人が不作為による殺人罪の共同正犯としての刑事責任を免れないことは明らかというべきである。

量刑の理由(一部抜粋)

・・・被告人は、その間、主として共犯者の稼ぐ収入で生活し、生活費を全面的に管理していたほか・・犯行現場が被告人の居室内であったことも考慮すると、本件で被告人の果たした役割は極めて重要であり、生活を共にしていた3歳の幼児が実の母親に見殺しにされる様子を傍観し続けた冷酷非道さは、厳しい非難に値する。
他方、被告人が負うべき治療機会提供義務は、被害児の実母である共犯者のそれを補完するものにとどまり、(1)被告人は、被害児の死亡の結果を認容していたとはいえ、それを積極的に意欲していたとまでは認められないこと、(2)被告人が、捜査段階の当初は自らの刑責を素直に認め、反省の態度を示していたこと、(3)被告人には前科もないこと、その他被告人のために酌むべき事情も認められる。
しかしながら、本件の結果の重大性、犯行態様の非道さや残忍さ、被告人の果たした役割の重要性、遺族の被害感情の厳しさ等を考慮すれば、被告人に対してはその重い責任に見合った刑に処するほかはなく、以上の諸事情に加え、共犯者に対する量刑との均衡をも総合考慮すると、被告人に対しては懲役9年に処するのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。

(了)

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