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ある司法書士の一日(1)

  清々しい月曜日の朝を迎え、今日も1時間かけて午前9時過ぎに事務所に出る。お茶を飲みながら、日本経済新聞に目を通す。近鉄がダイエーに負けた記事が目に入り、不機嫌になる。小学生のころから近鉄ファンである。

 そんな折、サラ金から電話がかかる。「○○さんの調停はいつ申し立てる予定ですか。」と紳士的な問い合わせ。「今月下旬になりそうですが、予定は未定ですのでそのつもりで」といかにも面倒くさい口ぶりで、紳士的に返事をする。
 午前中は、事務所で書類作成や顧客へ連絡・報告する予定であったが、問い合わせ等の電話が入る。
 午前10時過ぎに、異業種交流会で懇意にしている人から、知人が自宅にセールスマンの訪問を受け、「当社が扱う装置を設置すれば、電話料金が半額になる。」といったセールストークを鵜呑みにしてしまい、クレジット契約にサインし、捺印してしまった、と相談の電話が入った。その方は70過ぎのお年寄りで、とりあえず一緒に一度事務所に来てもらうように伝えた。
 近頃は、お年寄りを食いものにした商法が多すぎて、憤懣やる方なしである。

 さて依頼を受けている不動産の相続登記のために、被相続人の15歳から死亡時までの戸籍謄本を取寄せる必要があり、福岡県遠賀町役場等に宛てた「戸籍謄本の職務上の請求書」を3通作成し、返信用封筒と郵便小為替を同封し、封入する。発送は、大阪中央郵便局といつも決めている。
 つづいて、依頼を受けている株式会社の資本の減少(いわゆる減資)について、会計事務所の担当者と打合せをするため電話をかける。債権者異議申述公告および知れたる債権者への催告が必要であること、債権者異議申述公告は官報(政府の広報)に掲載する必要があること等を説明した後、当事務所で会社に代わって官報公告の申込みをすることになった。
 午前中は、これで終わった。午前11時54分。近くの牛丼屋に駆け込む。午後からは、法務局めぐりである。

 大阪法務局で、昨日準備しておいた株式会社の役員変更登記申請書と添付書類を会社法人登記申請受付に提出する。(会社の登記申請は、原則出頭しなければ受付てもらえない。つまり郵送の受付をしていない。)補正日は、来週の火曜日となっていた。
 その後、近々申立てる予定の調停の相手方であるサラ金の「代表者事項証明書」を登記情報交換システムにより取得する。これは非常に便利であり、大阪市内に支店登記がない東京都内の例えば新宿区の会社であれば、大阪法務局で1,100円を支払えば手に入るというものである。

 次の法務局は、神戸地方法務局北出張所である。大阪法務局からは、大阪市営地下鉄・阪神電車・神戸高速鉄道・神戸電鉄を経由して最寄駅「北鈴蘭台」駅まで約1時間40分、そして駅から法務局まで約10分。
 目的は、先週申請していた(もちろん会社の登記と同じく郵送は許されていない。)不動産の相続登記の「登記済証」の受領である。電車を乗り継ぐ長い道のりは、貴重な読書の時間でもある。向かいに座っている50過ぎのサラリーマンが、少年向けの雑誌を貪るように読んでいる。日本はまだまだ平和だ、と感じ入る。
 さてようやく神戸電鉄「北鈴蘭台」駅に到着し、法務局まで急ぐ。
 登記済証交付の窓口で、「登記済証」を受け取る。受け取る際に、受付簿の受領印欄に職印を押す。つづいて相続登記を申請した土地の「全部事項証明書」を1通請求する。1通、1,000円である。窓口で証明書を受け取り、申請どおり登記されているか、登記事項(登記受付年月日・番号、登記の目的、所有者の住所・氏名)を確認する。

 神戸地方法務局北出張所を後にして大阪へ急いで戻る。実は5時から、クレジットサラ金被害者の会の、無料相談会の相談員で詰めておかなくてはならないのだが、何とか間に合った。
 すでに部屋は、相談者で一杯であり、早速相談を受け付ける。この日は、司法書士が7、8人いたようである。深刻に思い詰めた顔、目が虚ろで生気のない顔、さまざま理由でこの相談会に来ている人たちは、早く話しを聞いてほしいと渇望している。それだけでも明日が開けるのである。
 午後9時半にはすべての相談が終わった。

 相談会を終えると、最寄の駅まで道すがら、ちわわ犬を抱く俳優はこのような多重債務者の現状を知らないのだろうと思いふけながら、急いで事務所に戻った。
 まだ仕事が待ち構えているのだ。午後11時に事務所を出なければ、最終の電車に間に合わないのであるが、この日は書類の作成に没頭して、結局その時刻が過ぎてしまっていた。もはや帰宅できないので、事務所のソファーに横になって休憩する。
 この事務所のソファーは、昼寝に丁度よい横幅があり、そして居心地がよい。たまに大学時代の友人が事務所近くのクライアントの会社を訪問すると称してやって来ては、このソファーで休憩するのである。

 さて夕刊を読みながら休憩していたつもりであったが、いつの間にか朝を迎えてしまった。
 パンをかじりながら、朝刊を読んでいると、ヤミ金の記事が載っている。以前に比べるとその記事の多さが目に付く。日本経済新聞・朝日新聞・読売新聞と購読しているが、各紙も同じような傾向である。特に大阪八尾市で起きたヤミ金による過酷で執拗な取立てが原因のお年寄りの心中事件は、この傾向に火を付けたのかもしれない。
 ヤミ金融規制法も成立し、警察も摘発しやすくなるようであり、今後このような事件が起こらないことを祈るばかりである。

 この日は終日、事務所で書類作成に集中する。午後5時ころ、知り合いの司法書士から電話があり、大阪法務局玄関前の掲示板の認定者の中に当方の氏名があったとのことである。実はこの日、平成14年改正司法書士法により付与された簡易裁判所訴訟代理関係業務を行うのに必要な能力を有すると法務大臣が認定する者が公表される日だったのである。とりあえず認定を受けて良かった、と安堵の気持ちで、お互いに祝意を述べる。
 認定司法書士は、簡易裁判所における一定の訴訟代理権が付与され、一定の裁判外の和解交渉も可能となり、また金融庁の事務ガイドラインにおいては、債務整理事件を受任し、受任通知書をサラ金に送付することにより、サラ金業者の取立が規制されることを定めているので、多重債務者にとっては、生活再建に向かせる契機にもなるのである。
 簡易裁判所訴訟代理関係業務については、泣き寝入りしてきた声なき声の、無辜の民のために活用できればと心に描き、この日は午後11時に事務所を後にした。

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