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内部告発者の保護について

一、問題の背景

 2007年は、消費期限切れの原材料を使った「不二家」の偽装問題に始まり、おみやげの定番である「白い恋人」や「赤福」の賞味・消費期限改ざん問題、高級料亭「船場吉兆」の偽装問題など、多くの食品偽装が発覚し、国民の食生活に不安・不信を与えました。これらの多くは、偽装会社で働いている従業員などの内部告発によって発覚しています。
 内部告発によって発覚した問題は、食品偽装だけではありません。三菱自動車のリコール隠しや愛媛県警の裏金プール問題、埼玉独協医大の医療ミスなども内部告発によって発覚しました。法人や組織内部の問題は、外部の者ではほとんど発見することができません。問題が内部で秘密裡に処理されている限り、改善されることはほとんどないといっても過言ではないでしょうから、内部告発は、問題を外部に表面化させ、問題解決を図るために重要な公益的な役割を果たしていると言えます。
 以前は、内部告発は会社に対する裏切り行為であるという風潮や、自己に不利益が及ぶことを恐れることから、内部告発をする者がほとんどいませんでした。しかし、近年、遵法意識の向上や良心の呵責などによって、内部事情に精通している方々から多くの勇気ある告発がなされています。内部告発は、消費者等にとって非常に有益な情報になり、公益のために勇気をもって告発した方が不利益を受けないようにする必要があります。そこで、内部告発者を保護するため、2004年に「公益通報者保護法」が制定され、2006年1月から施行されました。「公益通報者保護法」が制定・施行されたことによって、告発者は堂々と実名で内部告発すればよいのではないかとも思われますが、匿名での告発が多いのが現状です。
 そこで、今回は、公益通報者保護法について考えてみたいと思います。

 

二、公益通報者保護法の概要

 公益通報者保護法は、「公益通報」をした労働者を保護し、事業者にコンプライアンス(法令遵守)の促進を図るために制定されたものです(1条)。これは、民間団体だけでなく、公的団体についても適用されます。「公益通報」とは、個人の生命・身体の保護等に関する罪(同法2条)に対する犯罪事実など(「通報対象事実」)が生じ又は生じようとしているときに、労働者が不正の目的ではなく、以下の者に通報することをいいます(同法2条1号)。

  1. 当該労務提供先若しくは当該労務提供先があらかじめ定めた者
  2. 当該通報対象事実について処分若しくは勧告等をする権限を有する行政機関
  3. その者に対し当該通報対象事実を通報することが、その発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者

 もっとも、「公益通報」に該当する場合でも、告発するためには、「相当の理由がある場合」等の要件を満たす必要があります(3条)。このような厳格な要件を満たした場合に、告発者に対する解雇や派遣契約の解除は無効となり、降格や減給といった不利益な取扱いも禁止されることになります(3ないし5条)。

三、公益通報者保護法の問題点

  1.  告発者が公益通報者保護法によって保護されるためには、上記のような厳格な要件を満たさなければなりません。特に、労務提供先以外の者に通報するための要件が限定されており、告発者はまず労務提供先に通報すべきである、との立法意図が見えます。この結果、クサイものにフタをして、企業内部の問題点を握りつぶすことを黙認する法構造になっているのではないでしょうか。
  2.  従業員などの立場を考えると、労務提供先に対して通報することに躊躇することが容易に予測できます。このように厳格な要件を定めていることによって、逆に内部告発を制限する結果を招いていると思います。
  3.  公益通報者保護法で保護される告発者であったとしても、現行法では告発者が事実上の不利益を受ける可能性、すなわち、正規の人事異動である、との名目で告発者の配置換えや職務内容の変更を理由とした減給が行われる可能性があります。
  4.  コンプライアンス(法令遵守)体制が確立している企業などでは、告発によって自主的な問題解決が図られることが期待できますが、それ以外の事業者においては、現行法上、事業主に対する罰則規定が設けられていないため、告発が放置される可能性があります。これでは、法の実効性に欠けるといえます。

これらのことに加え、匿名通報が保護されないこと、選挙犯罪は対象外であることなどからすると、現行法は、単なる理念・努力目標を掲げたものにすぎず、立法化した意味がないのではないか、という疑問を抱いてしまいます。

四、なぜ現行法のような厳格な規定になったのでしょうか

 公益通報者保護法案が公表された際、日本経団連がコメントを出しています。本件コメントでは、要件を明確にすべきであるという提言がなされています。内部告発は事業主や企業イメージを大きく侵害し、不当かつ深刻な損害が生じる可能性があるため、あくまでもコンプライアンス(法令遵守)への自主的な取り組みを尊重し、限定された例外的な場合にのみ内部告発を認めるべきだと主張しています。このような経団連側の提言を受けて、現行法のような規定になりました。
内部告発がなされ企業に著しい損害が生ずれば、最悪の場合、企業が破たんし従業員が解雇され、関連企業が連鎖倒産することも考えられます。内部告発は、事業主にとってかなり脅威的なものであるといえます。確かに、このような強力な制度は厳格な要件のもとで運営する必要があるともいえそうです。

五、海外での制度

  1.  我が国の公益通報者保護制度は、イギリスの「公益開示法」(1998年制定)にならって制定されたものです。この「公益開示法」は、告発者を労働者に、告発対象範囲も犯罪行為や法律義務違反に限定し、告発の相手先もまず内部への通報が前提とされており、我が国の公益通報者保護法と類似しています。同法が一般法として、民間団体・公的団体の双方に適用されることも共通しています。一般法として内部告発制度を制定しているニュージーランドも、我が国やイギリスと同様に限定的な規定をしています。
  2.  これに対して、アメリカでは、一般法として規定するのではなく、公的部門、原子力分野、上場企業および証券会社と適用範囲ごとに個別的な告発制度が設けられています。告発者は限定されていますが、対象行為は、法令違反だけでなく不正行為や資金浪費までカバーされています。告発の相手先も我が国よりは広く規定されています。

六、公益通報者保護法は現行のままで良いのでしょうか。

(1)内部告発の公益性と告発者の保護から

  1.  内部告発は、内部問題を外部に公表して事業運営の適正を図るために重要な公益的な役割を果たしているのは先に述べた通りです。その公益性に鑑み、内部告発をさらに奨励する必要があります。そのためには、告発要件を緩和する必要があります。
  2.  告発要件の緩和は、内部告発者の保護にもつながります。すなわち、労務提供先以外の者に通報した労働者が告発要件を満たしていない場合、逆に手続違反で事業主から提訴される可能性があります。告発要件を緩和することによって告発者のリスクも緩和されることになります。
  3.  正規の人事異動という名目で告発者が事実上の不利益を受けないようにするために、事業主に対する罰則規定を設けることも検討しなければなりません。

(2)事業主・他の従業者への配慮の必要性から

  1.  内部告発が事業主のコンプライアンス(法令遵守)の促進を図るために必要であることには争いがないと思います。しかし、告発要件を限定しないと不正目的で通告制度を悪用・濫用する者も出てくる可能性があります。たとえば、告発者を「労働者」に限定したのは、労働者以外の者でも内部告発できるとすれば、内部情報を得た者が事業主を強迫し金員を不正に取得することが考えられるため、これらの者を排除する趣旨であると考えられます。同様の危険性は「労働者」にも当てはまりますから、この危険性を排除する必要があります。
  2.  内部告発は事業主の経営維持を不可能・著しく困難にさせます。その結果、従業員が解雇されたり、関連企業が倒産したりする可能性があり、多くの労働者が仕事を失い路頭に迷う結果を生じさせることが予想できます。このようなことを考慮すると、告発要件をある程度厳格にすることもやむを得ないのではないかとも思えます。

さて、皆様はどのようにお考えになるでしょうか。
アンケートにお答えいただき、皆様の積極的な意見もおきかせ下さい。

内部告発者の保護について
  1. 内部告発の公益性にかんがみ、告発者の保護を重視すべきであるから、現行の告発要件を緩和するとともに、法に事業者への罰則規定を設けるべきである。
  2. 事業主・他の従業者への配慮の必要性を重視すべきであるから、現行法の規定を改正すべきではない。
  3. 内部告発の公益性・告発者の保護と事業主・他の従業者への配慮の必要性とを考慮し、法に事業者への罰則規定を設けるべきであるが、告発要件は現在のまま維持すべきである。

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