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偽造された辞任届

 筆者の事務所は、不動産登記手続より株式会社等の会社にかかる登記手続を引きうけることが多いのですが、日常業務では、ひやっとすることもあります。
 普段、案件を紹介していただいている某税理士事務所からの依頼で引き受けたケースです。このケースは、普段とは違い、筆者が直接、関与先の有限会社に連絡を取り、役員変更登記手続を進めたものでした。

 この有限会社は、代表取締役社長のほかに、取締役監査役にその奥さんや親族が就任し、また社員(従業員という意味ではなく、出資者という意味です。)も同様の構成です。いわゆる同族会社です。
 早速、会社へ電話を掛け、どのような内容の登記をするのか、電話口へ出た社長に尋ねると、取締役兼社員である奥さんが取締役を辞任し、出資持分を息子へ譲渡した、とのことでした。役員変更登記には、辞任届と(登記の)委任状が必要ですが、社長は辞任届の用紙と委任状を至急、会社へ郵送してほしいと要請がありました。なぜ、そんなに急ぐのだろうか?とこの時点で少々疑念があったのですが、とりあえず書類をその日に郵送すると、2日後に返送されてきました。

 筆者は司法書士事務所勤務時代から数えると、登記業務に関わって10年ほどになりますが、返送されてきた書類を眺めていると、経験的に"何か落ち着かない""気持ち悪い"といったスッキリしない感覚が残りました。辞任届には、"奥さん"の署名と捺印がされていました。
 この会社は、何か事情がありそうだと思い、社長に電話を掛け、奥さんに電話を代わってもらうように伝えると、どうも要領を得ない返事で、結局奥さんに辞任の件について尋ねることができませんでした。
 仕方がないので、紹介いただいた税理士事務所の担当者に電話を掛け、奥さんと連絡が取れず、辞任の意思が確認できないことを説明すると、その担当者から奥さんの携帯電話の番号を教えてもらい、早速、奥さんに電話を掛けると...。

 筆者は、奥さんに「取締役兼社員である奥さんは取締役を辞任し、出資持分を息子さんへ譲渡されたことに間違いありませんね。」と尋ねると、相当の剣幕で「私は取締役を辞任し、出資持分を息子へ譲渡するつもりはありません。」と筆者に訴えたのでした。この後の会話で、驚くべき事実が分かりました。何と現在社長と別居し、離婚の調停手続中だというのです。
 これには参りました。辞任届は奥さんが作成したものではなかった、のです。
 早速、筆者は「当職は、登記を受託できません。」と委任状に記載し、会社へ返送しました。

 もし奥さんに辞任の意思を確認せずに、登記申請していたとしたら、おそらく社長と奥さんとの紛争に巻き込まれていたことでしょう。
 このケースでは、何とか、紛争に巻き込まれず済みましたが、油断していると目に見えない落とし穴に突き落とされることを実感しました。

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